第二話(13)
「どう考えても大丈夫じゃねえだろ」
本人はまったく気にした様子はないが、シュナの追跡から逃げまわらなきゃならないってことか? なんだその笑えない冗談。
よほど俺が絶望的な顔をしていたのか、ラルクは淡々と説明を付け足した。
「行動を共にする以上、いずれ巻き込むことになるだろうから先に話しておくよ。あと二年で僕は正式に継承権を得る。僕の即位を快く思わない人間は現王を含めてたくさんいる。代用品の目処が立つまでは縛りつけておきたいみたいだけどね。それに僕が国を出るとき、あいつの手にだけは絶対に渡らない形で【宵牙】を封じてきたものだから、捕らえて術を解かせようと躍起になっているんだ。シュナ=フェブリテまで使って……でも、彼女は僕に時間をくれるつもりだろう。でなければとっくに連れ戻されてる。だから大丈夫なんだよ」
などと、なんでもないことのように淡々と語るけど。
「お前……」
なんて言ったらいいのか少し迷って、俺は結局、自分の好奇心に素直に従うことにした。下手に慰めの言葉なんてかけようものならレオンと同じ目に遭わされそうな予感もする。
「ヴィストリアのこと、本当はどう思ってるんだ?」
「どうって、僕はあれほど腐った国を他に知らない。ゆるやかに滅びの道をたどるのであれば、それに越したことはないと思っているよ」
さっきも言っただろうとラルクは笑ってみせる。
セルシア曰く、彼らは嘘を嫌う。つまり滅んでしまえという発言も本音なんだろうが、それだけなんだったら、わざわざ【宵牙】の封印なんてする意味あるか?
これだけ呪いの言葉を吐き捨てておきながら、神童がその類稀な力を祖国に向けて振るったという噂は一度も聞いたことがない。
むしろ、魔術学園にラルク=ヴィストルイという少年が残した数々の功績は、そのどれもが人々の生活を豊かにするような術式の発明ばかりだった。
「それより次の目的地の話をしよう。このまま火の国に向かうでいい?」
「あ、ああ。俺もそのつもりだった」
ラルクは頷いて、焚き火に手をかざす。
すぐさま音もなく術式が展開されて、宙に浮き上がった火の粉が見覚えのある大陸の輪郭を描きだした。
だからお前、そういうものみたいに軽く省略するけど……なんていうか、世の中の魔術師の苦労ってなんなんだろう。
「問題は、隠されているせいで正確な場所がわからないことなんだ。それほど遠くないと風精霊が教えてくれたけど、この先はセルシア頼りになる」
現在地はこのあたり、とラルクが指し示した位置は、大陸の北西、やや中央寄りだった。
かつて精霊三国と呼ばれた土地は、北から順に、風、火、水と並んでいた。風は北西、水は南西、その中間に火の国はあったらしい。人間の社会では失われた古い情報も、エルフたちは連綿と語り継いできた。
「森の記録と地形を照らし合わせればあたりはつけられる。ここから最短経路を進むとスポットが近いが――」
「つっこみゃいいじゃん」
言葉とともにためらいなく火の粉の地図を横切って伸ばされた手が肉をさらっていく。
大口を開けてかぶりつき、あっという間に飲み込んだレオンはぺろりと唇を舐めた。
「いちいち回り込むのもめんどくせー。魔獣でも魔物でも俺が蹴散らすから、飯くれ飯」
どさりと地面に腰を下ろし、あぐらをかきながら次々と肉へと手を伸ばしていく姿は、信じられないほど元気そうだ。
「……タフだな」
「おれふぁ、つふぇーふぁらな!」
口に詰め込みながら話すせいで半分聞き取れないが、溢れんばかりの自信だけは伝わってきた。




