第二話(9)
「よくわかったね。こういう術は学園でも教えてないはずなんだけど」
「んなもん読めばわかるわ! そのまんま書いてあんじゃねえか!?」
ラルクは術式構築の手を止めて、まじまじと俺を見る。
「ああ、そういうことか……つまり魔術陣の構成要素の起源は……」
「は?」
ぶつぶつと呟いていたかと思えば、ラルクは封印用の術式を指で弾いて解き、別の形に組み替える。
「ノア。これは?」
初めて見る陣だったが、書かれている術式には見覚えがあった。
「加速」
「じゃ、これ」
「転送……?」
「次これね」
「ええと……なんかこう揺さぶる感じの」
見たことのない術式だった。なんとなく意味はわかるけど言葉が出てこない。
「はい、次」
「ちょっとまて構築が早――!?」
ラルクの指差す方を向いて固まる。
ほんの少し詰まった隙に、何十枚もの魔術陣が待機していた。嘘だろ。
「……うん、大体わかった。ありがとう」
ラルクが満足する頃には、辺り一面、発動直前の状態で放置された陣が大量に浮くヤバい空間に変わり果てていた。
さすがに危険なものはないが、地雷原の真ん中に立たされている気分だった。天才様のやることは恐ろしい。
魔術は発動する瞬間に最も魔力を使うとはいえ、こうして宙に陣を記述するためのインクのような役割を果たすものもまた魔力だから、構築過程や維持にもそれなりに消費される。
こんな風に大量に無駄撃ちできるものじゃないはずなんだけどな、普通は。それ以前に詠唱とか魔力を練る時間とか……普通ってなんだっけ。
「天界語は中々興味深い体系をしているね。ねえセルシア、このへんとか森の言葉に少し似てない?」
「……それと、そこの二つは古語にあるが、現代の語彙にはない」
「やっぱりね。さすが人間より長寿なだけあって変化の幅が少ないのか」
セルシアまで巻き込んだラルクが再び考察に没頭していってしまう前に、あわてて引き止める。
「ちょっと待てよ。天界語? 俺はそんなの読めも話せもしない。術式の意味なんて、魔術師ならわかって当然だろう」
「たしかに基本的な陣は記憶しているし、優秀な者であれば規則性を見出して、より扱いやすく改良することもあるよ。初見で看破できるような単純なものじゃないけどね」
「でも俺の幼馴染だって大半は制御用だとか言って省略しまくってたし……!」
人前では控えていたとはいえ、ありとあらゆる魔術を簡略化して使いこなしていたレナが、その意味をわかっていなかったとは思えない。
むしろ、思い返してみれば読み方はレナから教わったようなものだ。いくつも余計なものを削ぎ落とした最小限の陣を見せられてきたからこそ、俺は瞬時に効果を読み解ける。
「ノア。その幼馴染って、普通の人間?」
「普通かって言われると……魔術の天才だとかなんとか持て囃されてはいたけど」
「天才の僕が断言するよ。それが本当なら人智を超えてる」
ラルクの目は真剣そのものだった。
「一般に、魔法は現象、魔術は結果と区別される。人の手に負えない力を安全に制御して結果を固定するために発展してきたのが術式――それを不要なものとして省略できるなら、もはや魔術ではなく魔法の領域ってことだよ」
術式の制御を離れた現象――カイルの暴走もまさしく魔法だろう。魔法は人の手に負えないもの。制御するためには術式が必要。理屈はわからなくもない。
でも、それじゃ当たり前のように使いなしていたレナは?
先に行って待っていると言い残して消えたことと関係があるのか?
重ねて問おうとしたタイミングで、視界の隅でバチンと派手な音を立てて火花が散り、言葉を飲み込んだ。