第二話(8)
今日はこの『古き森』で夜を明かすらしい。
当たり前っちゃ当たり前なんだけど、どこにいても時間は流れ、日は暮れるんだよな。この地上にいるかぎり。
セルシアとラルクは手際よく野営の準備を整えていく。一方、末弟のレオンは相変わらず眠ったまま起きる気配がない。……いい加減に起こしてやろうか。そーっと近づきながら手を伸ばすと、間合いに入る直前でセルシアに止められた。
「襲われたくないのならやめておけ」
「手伝わさせなくていいのかよ」
「いい。ノアと同じくらい邪魔だから」
天幕を防護魔術で補強しながら、ラルクは俺もろともバッサリと切り捨てた。
「魔術で手伝わせようとするのが悪いんだろ!?」
「控えめに言って、その制服いますぐ捨てて欲しい」
つい先ほど火種を起こそうとして森林火災を起こしかけたあまりにも出来の悪い後輩の存在を冷ややかに一瞥する天才術師サマから、そっと目線を逸らす。
ちがう、俺はただ点火をイメージしただけなんだ。近くにいた精霊が張り切りすぎただけで。
「言っとくけど、学園生だったのは事実だからな」
しかも首席である。もっとも完全に規則の抜け穴をついたイレギュラーで、魔術実技の成績が最底辺なのも事実なので、それを伝えれば今以上に馬鹿にされるに違いない。
……それにしても手際がいい。
早々に仕事を取り上げられて見学を命じられた俺は、二人の作業をぼーっと見ながら考えていた。
森育ちだろうセルシアはともかく、ラルクは王城育ちだろう。神童と謳われた天才とはいえ、手慣れすぎてないか。
思い過ごしならいいが、一国の王子が野営しなきゃならない状況を想像すると不穏な感じがしてならない。この世界が平和だと思っていたのは俺だけなんだろうか。
そういや最後の大規模な戦役って、何年前だったっけ。すくなくとも俺が生まれる前だよな。その後も小さな紛争が起こってないわけじゃないが……シュナは、ラルクをどこで知ったのだろう。
若かりし頃のシュナ=フェブリテは傭兵として戦場を渡り歩き、その後は大陸中を旅して回った。俺が知ってるのはそれくらいで、学園に来る前のシュナが戦う姿を見たのも一度きりだ。
まだ俺が街角をさまよっていた頃、ヴィストリアはただ一度だけ魔獣の侵攻を許した。有事になれば見捨てられる貧困層の多い地域にたまたま居合せ、自ら先陣を切り、迎撃の指揮をとったのがシュナだった。
つまり俺にとってシュナ=フェブリテは、幼子に憧れを植えつけるには十分すぎる、もうひとりの恩人なのである。当人には絶対に伝える気がないが。
鮮やかな剣技で道を拓いてみせた彼女の活躍は目に焼きついているが、王城からの応援はなにをしていたのだろう。まあ、いくら神童とはいえ、俺とそう歳の変わらないラルクに責任があるとは思えない。
視線に気づいたラルクが振り向く。
「どうかした?」
「べつに」
「悪いけど、きみほど出来の悪い弟子はとりたくない」
「いや頼んでねーから!」
全力で拒絶したところで、返ってくるのは生暖かい目線だった。
深々とため息をついたラルクは、そこまで持て余すくらいなら……と呟くと、すっと手を上げて宙空に魔術陣を描き始める。
「ちょ――やめろ封印しようとすんな!」
せっかく解き放たれた俺の魔力を。
持て余してるのは自分でもわかってるけど!