第二話(7)
「は……?」
あまりの発言に絶句する。
俺だって、この世界に愛着なんてそこまでないし、他人のことは言えないくらい、薄情なやつだって自覚はある。近しい存在が巻き込まれなけりゃ大概のことはどうでもいいと思ってる。
だけど、ラルク=ヴィストルイってのは、仮にも次期国王だろう?
「ラルク。言葉がすぎる」
「だって彼、僕のことを魔性でも見るかのような目で見てくるものだから」
長兄にたしなめられたラルクが肩をすくめると、息が詰まるようなプレッシャーは霧散した。わざと大袈裟なことを言ってからかわれたのか?
「性質の悪い冗談はやめろよ……」
「本心だよ。とはいえ、私的な感情に他者を巻き込むつもりはない。少なくとも今のところはね」
こいつ……。どこまで本気なのかわからない。
ズキズキと痛みはじめた気がする頭を抑えて俺はため息をついた。
とにかくこの王太子サマが俺の手に負えないタイプの人間だってことはよく理解できた。
「あんたがそれほど殊勝な人間には思えないが」
「まあね。ガレスに叱られたんだ。ろくに物を知らない小童が国を語るな、身辺の悲劇に対する報復に無辜の民を巻き込むなと――ああ、ガレスっていうのは、里をまとめてる老竜なんだけど」
「森」という固有名詞がエルフの森を示すように、この大陸で「里」と呼ばれる地域はひとつしかない。――竜の里だ。
「竜と人の交流は絶えて久しいんじゃなかったのか」
「そうだね。とっくに見放されてる。だけど何事にも例外はあるものだよ。彼には個人的な借りがあるんだ」
そう言って、ラルクは呑気にいびきをかいて寝ている黒髪の剣士をちらりと見やる。
「一度目に会ったとき、ガレスは人間の悪意の届かない土地までレオンを攫っていってくれた。だから二度目に会ったとき、待ち人の案内を頼まれたんだ」
先ほど向けられた野生の獣のような殺気、見慣れない意匠の装束だとは感じたが、レオンとかいう男の出身は……いやまさかな。
「それで、俺を待ってたって?」
「さあ、言われたとおりここまで来たけど、きみはどう思う?」
問われても返せる答えはなにもなかった。
なんかの間違いじゃないのかって、俺の方が聞きたいくらいだ。いまだに半信半疑、本当に必要とされているのかどうかさえわからない。
【飆牙】は――……いや、フィオンは最後まで俺を選ぶことを拒絶していたのに?
「存外、自信がないんだね。嘘でもそうだと言えばいいのに」
「うっ……」
言葉につまる俺の様子を、ラルクは茶褐色の瞳を細めてニヤリと笑った。第一印象は線の細さに誤魔化されていたけど、この笑い方――色味も相まって化け猫のような意地の悪い師匠とそっくりだ。つまり、まちがっても品行方正な王子様が浮かべていい表情じゃない。
「馬鹿正直な人間は嫌いじゃないよ」
「ああそうかよ、そりゃどーも」
こっちは散々打ち倒された記憶を思い出して最悪な気分だ。そういやシュナは神童に肩入れしていたよな。性格的に相性がいいんだろうか。
「ろくでもない世界の意志なんて知ったことじゃないけど、こうして目の前に現れたのはきみだから、僕はきみを連れて行こうと思う。どうかな? ノア王子」
「そういう考え方は嫌いじゃない……が、わざとらしい敬称はやめてくれ」
「了解、ノア。今後ともよろしくってことでいいのかな」
「一応はな」
握り返した手の感触は、剣など一度も握ったことがないだろう貴人らしい柔らかなものだった。