第二話(4)
「だから人だって」
やれやれと首を振りながら、ラルクと呼ばれた魔術師が、無詠唱で浮遊術を発動させて降りてくる。
「仮にも僕の後輩なら、もう少し器用に立ち回って欲しいものだけど……とっさの反応力はなかなかだね」
「後輩って――」
「それ、魔術学園の制服だろう? こんなところで懐かしいものを見るとは思わなかった」
思いがけない言葉をかけられてとまどう。その若さで、学園を出た、魔術師のラルク? ――偶然にしてはできすぎているが、それこそ、こんな場所にいるわけねえだろう。いやまあ俺は高貴なお方の絵姿なんて見たことないけど、さすがに。
しかし、少女と見紛うような線の細い顔立ちをした少年は、地面に降り立つなり、茶褐色の瞳を細め、下々のものとは思えない優雅な所作で腰を折ってみせた。
「はじめまして、僕はラルク。今の立場は……しがない旅の魔術師といったところかな」
誰がそんな言葉を信じるか。
ラルク=ヴィストルイ。飛び級を重ね、魔術学園を史上最年少の十二歳で卒業していったという、比類なき魔術の天才。
――またの名を、神童という。
あっけにとられて声も出ない。
本物? いやいやいやいや、そんなわけ。
「そっちの黒髪は、不肖の弟」
「レオンだ。よろしく」
にっかりと人懐っこい笑顔を浮かべて、ついさっきまで殺す勢いで斬りかかってきていた相手が握手を求めてくる。
待て。ちょっと待ってくれ。その変わり身といい、魔術師の正体といい、急展開に俺は完全に置いてけぼりになっている。
「で、ええと……きたきた、セルシア! お前の本名なんだっけ?」
混乱の最中にいる間に、木立の奥からやってきた青年に、レオンの関心が移る。その背には弓と矢筒――ああ、さっきの射手か。
「cylphiaces。通名で構わない。森の言葉は呼びづらかろう」
たしかにその耳慣れない発声を再現できる気はしなかったが、それよりも、この地上に「森」という単語を固有名詞として使う種族は一つしかない。
「エルフ……!?」
「半分はな」
フードを外した青年は、銀色の長い髪をかきあげて――比較対象を知らないけど、たぶん純粋なエルフより丸みがかっているのだろう――自らの尖り耳をさらしてみせた。うわ本物だ。
本物? ……え、いや、まさか。
「もう半分は、これらと血を分けた混ざり者だ。先ほどは脅かす真似をしてすまなかった」
半分にしろ何にしろ、なんでエルフと人間が行動を共にしてるんだ。彼らの大半は、人間の社会を嫌って森に引きこもってるのに。そもそも人間とエルフって、子供産まれ……てもおかしくはないのか。祖先は共通なわけだし。
信じがたいものばかりで頭がついていけない。
ハーフエルフだという青年が見た目通りかそれ以上の年齢だとしたら、三人の中で最も年嵩なのは彼だろう。
神童として名の知れたラルク=ヴィストルイは、あの大国ヴィストリアの王太子である。それを含む三兄弟の長兄ってことはつまり、深く考えてはいけない予感がヒシヒシとする。
「セルシアが外すのはめずらしいね。あの風は読めなかったの?」
「魔術師の基準でものを考えるな。放った後に矢の軌道は変えられない」
「人間にしてみれば、エルフの感性も魔法に等しい超感覚だよ」
「――それより」
弟との会話を強引に打ち切ったセルシアは、すっかり目を回している俺の様子を気の毒そうにながめて言った。
「そろそろ説明してやったらどうだ?」