第二話(3)
只者じゃない、なんて、今更わかりきっているにしても。
見た目に反して妙な迫力がある。狡猾な蛇に睨まれ、下手に答えれば丸呑みされそうな気分――ああ、この感覚、何かに似てると思えば、シュナを相手にするのと変わらないくらいの圧だ。
いまひとつ敵意があるのかないのかわからない相手を警戒し、そばに転がっていた【飆牙】を掴んで構えようとした途端、視界の端を光が掠めた。
「っ……!?」
鋭い風切り音を立てて飛んできた矢尻をとっさに振り上げた刃で弾く――というほど格好のつく芸当ではなく、現実は刀身がまとった風でどうにか軌道を逸らしたようなものだった。
どこから!?
矢の飛んできた方向を振り返っても、梢の奥に隠れているのか、射手の姿は見えない。
喉元を狙ってきたさっきのコース、下手すりゃ即死ものだろう。まだ心臓がバクバクと脈打っている。射速や狙いの正確さはもちろん、あの一瞬で迷いなく急所を狙ってくる決断力、やばくないか。
「そう警戒しなくても、下手な動きをしなければ安全だよ。肉眼でとらえられる位置なら、セルシアの矢は首の皮一枚の精度で射抜く」
「いや無茶言う――な!?」
さらりと恐ろしいことを告げてきた樹上の魔術師に文句をつける間もなく、天球の光を背に高く飛び上がるようにして新しい人影が現れる。
二人目、いや三人目か。
空から……ってまさか枝伝いに飛び移ってきたのかよ!?
逆光で相手の顔は見えないが、身体つきからしておそらく男――袖のない長衣の裾を尾のように靡かせて飛び降りてくるその手には、持ち手の長い漆黒の剣が握られている。
頼るものがない空中で武器の重さをものともせずに体勢を保ち、舞うように襲いかかってくる――見惚れるほど鮮やかな動作とは裏腹に、爛々と好戦的な輝きを宿した紫の瞳と視線が交わって、こいつも間違いなく急所を狙ってくる、と直感した。
こっちはこっちで、鋭利な牙を剥き出しにした獣と対面しているかのようだ。緊張が走り、足がすくむ。無理だ、かわせない。こうなったら、正面から受け止めるしか。
「レオン、止まれ! それは人間だ」
大口を開けた獣の顎が、俺の目前でピタリと静止した。
……と、いうのは、イメージに引きずられた錯覚で、実際のところは言葉を聞くや否や驚異的な体捌きで身を翻して自らの剣の側面を蹴りつけ、到達する一瞬前に落下の軌道を変えていた。
蹴り出した片脚はそのまま、もう一方の脚でしゃがみ込みながら両手を地について着地した男――どうやら思ったよりずっと若い――は、【飆牙】を構えそこなったままの俺を、きょとんとした顔で見上げて首を傾げる。
「人……? でも、さっきクソでかい魔力の塊が降ってきたの、このへんだよな……あれか? 人に化けた魔獣かなんか? お前、食えんの?」
「魔獣じゃねえし食えるかよ!?」
「うわ話した! おいラルク、これ何!?」
とんでもないことを言い出した男は、いまだ樹の上に留まる魔術師に向けて声を張り上げた。ほぼ同時に上からも同じ音声が流れてきて重なり、途中で遮断される……なるほど、魔術を介して聞こえていた声はこいつのものか。