第二話(2)
頭からいかなきゃ最悪どうとでもなるだろう、という大雑把な目論見は成功したらしいが、舞い上がった土埃をもろに吸い込んだ俺は派手に咳き込んでいた。
「けほっ……げほ」
無事、といえるかどうか際どい感じに身体が痛むけど、なんとか生きて不時着はできた。
ぺっと砂まじりの唾を吐き出しながら薄目を開けて身を起こそうとしたとき、大音声の叫びが鼓膜を揺さぶる。
「悪い!!!!」
よく通る若い男の声だった。
「漏らしたつもりねえんだけど、なんか、そっちにデカいのいったっぽいって、セルシアが」
聞き覚えはない。動きながら声を張り上げているようで、荒い息づかいの合間に言葉が届く。
でかいの? っていうか、いったいどこから――声の元は近いけど、位置関係に違和感がある。土を踏む足音が頭上から聴こえる気がするんだが。
「うん、いるね」
「っ……!?」
二人目の声は、はっきりと上から聞こえた。
木の葉に隠れてよく見えないけど、俺が叩き折ってきたのとは別の木の枝の上に、ローブを羽織った小柄な人影が立っている。
「うっそだろなんで? さっき俺ぜんぶ仕留めたよな――こっち片付けたらすぐ向かう。お前は手出すなよ」
「ありがとう。僕を心配してくれるなんてレオンは優しいね」
「ちげえよ心配してんのは今夜の飯!」
声は二人分ハッキリと聞こえるのに、会話の相手の姿は見えない。これ、魔術……か? よく目をこらしてみると、音の発信源らしい宙空にうっすらと浮遊する陣が見えた。
どれだけ離れてるかわからないけど、特定個人に関わる音だけを、そこにいるのと変わらないほどの音質で転送するなんて、かなり高度な部類の魔術だ。
「さて――手出し無用と言われはしたけれど、先に問わせてもらおう」
風に吹かれて、声の主のローブがはためく。袖口から覗く手首はずいぶんと華奢だった。女? いや、それにしては声が低い。あの細腕なら、魔剣士ということはないよな。やはり高位の魔術師か?
名のある魔導師ならば所属する国家の紋章を身につけるものだけど、ローブにそれらしきものは見当たらない。身元を伏せた高位の魔術師なんて、後ろ暗い事情があるとしか思えないが――そもそも、ここがまだ大陸の西側、精霊の領域であるならば、普通の人間がいるはずはなかった。
そしてそれは、俺に対しても言えること、なわけで。
「きみは何者だ? 人間? 精霊? あるいは魔性の類か」
茶褐色の瞳でじっと俺を見下ろしながら、穏やかながらも有無を言わせない重さをもった声色で問う。
「黙秘したければそれも結構。ただ、連れは野育ちでね。言葉を交わせない生物は等しく獲物と認識されるかもしれない」
淡々と語る魔術師の肩に、何食わぬ顔をした白銀の少女がふわりと舞い降り――風精霊は親しげに頬擦りをして、そのまま溶けるようにして消えてしまった。