第一話(12)
俺がずっと黙りこんでいると、フィレアは、あ! と声を上げた。
「まさか、俺らの言葉しらない、とか、ないよな? 俺の話わかる? 聞こえてる? ちょっと待て一人で話してたとか、だいぶ恥ずかしいやつじゃん。なあウィレンド、さすがに言葉は通じるんだよな!?」
格好つけた言動から一転、焦ったようにウィレンドに詰め寄る姿を見て、思わず吹き出すようにして笑う。
一度、笑いはじめると止まらなくなり、俺は目元に涙がたまるまで声を上げて笑い続けてから、絞り出すように言った。
「はは……いや、わかる……」
言葉が出なくなるまで笑ったのなんて、初めてだった。
それなりにうまく笑顔を作ってみせたつもりなのに、泣きも笑いもしない不気味な子供だと噂されて、なぜだろうと思っていたけれど。
これが笑うってことならば、たしかに俺は笑ったことなんて一度もなかった。
「ぜんぶわかってた」
向けられた言葉は、すべて理解していた。ひそひそと交わされる人間たちの噂話も、姿のない精霊たちの企みも、同じように聞き取っていた。物心ついた瞬間からずっと。
いままで俺には親代わりのウィレンドの他に話す必要のある相手がほとんどいなかっただけだ。
俺たちの様子を黙って見守っていたウィレンドは、しかたないですねというように微笑んだ。彼女がどこか嬉しそうにしているので、俺もほっとする。
「火の国に移るのは時期尚早ですが、この森に留まるのであれば、風長もあえて問題にはしないでしょう。――頼みましたよ。フィレア。この子に、様々な世界を見せてあげてください」
「さすが次期風長! 話がわかるー。なあ、どっから行く? 手始めにあいつらにちょっかい出してみるか?」
「立場を考えなさいと言いましたよね……あまり調子のいいことばかり言っていると、火長に報告しますよ」
「げえ……」
ウィレンドに嗜められたフィレアは、すぐに立ち直り、俺に向かって右手を差し出した。
「俺はフィレア。みてのとおり、火の精霊だ。ちょっとばかし赤が濃いからって、面倒な立場になってるが、お前ほどじゃないから気にするな。次は妹も連れてくるよ。フィオナは俺より賢くて美人だから、楽しみにしとけ」
「よろしく……。美人って、お前と同じ顔なんだろう?」
「ま、俺が美形だからな」
あっけらかんと告げて笑う、太陽のような少年――。
フィレアは、俺にとって、かけがえのない友人になった。
長い時を生きる精霊でありながら、彼とその妹は俺と同じように成長し、やがて成人の姿になるまで、たくさんのことを共に経験した。
そのほとんどは、くだらない、知らなくてもいいこと、やらなくてもいいことばかりで、そんなひとつひとつは記憶にも残らないような些細な出来事の積み重ねが、まっさらな俺の中に新しい心を作っていった。
新しい世界。
新しい家族。
新しい友人。
すべてが忘れがたく、かけがえのない宝のような、――呪いに育つまで。