第一話(9)
「っ……!」
声もあげられずにしゃがみ込んだ俺を、見下ろす年齢不詳の赤毛美女。茶褐色の瞳が、冷ややかに俺を映している。その右腕には、一振りの長剣。顔の下半分を覆う独特のローブ姿は、古傷を隠すためだと聞いたことがある。
――魔剣士、シュナ=フェブリテ。
まじかよ。よくもまあ、俺のフルネーム覚えて……っつか、痛え……。
鞘に収められているとはいえ真剣を、本気で振り下ろしやがった。衝撃は首まで走った。俺だから無傷で済んでるけど、いや、わかった上でやってんのか。
「お前は、剣に興味があるだろうと思っていたのだが、私の見込み違いか?」
「は」
一瞬、なにを言われたのかわからずに面食らう。
「なにをほうけている、ノア=セルケトール。遊び半分の学生はいらん。やる気がないのなら出ていけ」
「いや、ある、あります!」
「ならば態度で示すことだな」
反射的に叫び返した俺に、満足げにうなずいて、シュナはFDの中心へと進んでいく。
なんなんだ……俺を知ってる? そりゃあ知ってはいるんだろうけど……大抵の教官は俺の存在を無視するのに。堂々とサボっても、なにも言われないくらいだ。面と向かって叱られたのなんて、どれだけぶりかわからない。
シュナに気づいた学生たちが整列を始める。真っ先に位置についたレナを先頭にして、番号順に四列。すばやく形成された列を一瞥し、シュナは声を張りあげる。
「この時間を担当する、シュナ=フェブリテだ。知っている者もいようが、主に上級生に剣魔術を教えている。参加する意欲のない者は欠席とみなす。留意しておけ」
FD全体に、シュナの声が響き渡る。高すぎず低すぎず、それでいて、よく通る声だった。
凛とした立ち姿に、いつか前線で剣を振るい指揮をとっていた彼女の姿がピタリと重なった。生ける伝説とも呼ばれた戦乙女。直接会うまでは半信半疑だったけど、……まじかよ。
呆然と魅入っていた俺は、シュナの茶褐色の瞳に射抜かれ、そそくさと学生の列の最後尾にもぐりこんだ。