そして壊れる日常 3
またまた久しぶりの投稿です。ごめんなさい。
本鈴が校舎中に鳴り響いたにも関わらず、担任は未だ不在。そして、綾音の席も同じく空席。直人がなぜ毎日こうなのだろうと疑問に思い、呆然と空の教壇を眺めているとようやく担任が綾音と共に教室に入って来た。それと同時に、自分の席を離れ、友人と話していたクラスメイト達は慌ただしく席に戻る。そんな中、綾音は急ぐ素振りも見せず、落ち着いて歩いている。担任は綾音が席についた後、一度教室を見回し、口を開いた。
「すまんな、今日も遅れて!それじゃ、ホームルームを始めるぞ」
学級委員が間延びした声で、起立から着席までの号令をかけ終わると、担任は続いてこう促した。
「この間言ってた授業アンケートの回収をするぞ。すまんが、後ろの席に座っている奴がまとめて集めて来てくれ」
直人の後ろに座っている芝が立ち上がり、アンケートの紙を手に持ち、直人の元にやって来た。
「直人、早く出せ。朝っぱらから余計な荷物持たされて疲れたから寝たいんだ」
「何だよ、もう授業聞く気ねぇのかよ」
直人は芝にそう話しながら、鞄のチャックに手をかけた。
「………………」
直人は中身を認めると、咄嗟にチャックを閉める。
「ふざけるなよ、早く出せよ」
「すまん、一度心の整理をつけさせてくれ」
「見られてまずいものでも入ってたのか?気になった、見せろ」
「お前が期待してるようなものは入ってないから安心しろ、よし」
直人は芝に中身を見られないようにして、再びチャックを開く。
「………………」
「おい、何も言わなければ、ばれないと思っているのか」
直人はバッグの中にいる人物に小声で話しかけた。その人物は紛れも無く充であり、バッグに入るように、膝をたたみ、縮こまっていた。充は直人の言葉を聞いても、聞かぬ振りをしているように押し黙り、直人から目をそらす。
直人はどうしても口を開こうとしない充の額を指で弾いた。
「痛っ!」
「おい、答えろ充、昨日このバッグに詰めたはずの荷物や今提出しようとしているアンケートはどうした?」
「………邪魔だから家に置いてきた」
「お前なぁ………」
直人は悩ましそうに頭を押さえた。今日このアンケートが無いとなると、家に取りに帰らなければならないのだ。
いや、そんなことよりも、本当に直人を悩ませているのは、これから充をどうするかである。
このまま充をバッグに隠したままにすると、放課まで充は身動きが取れない。それはあまりにも可哀想ではないか。しかし、充をバッグから出し、自由にさせた所で誰かに見つかるわけである。それならいっそ、少し咎められるかもしれないが、担任に掛け合い、母を呼び出してもらい、充を家に帰してもらうか。
直人がそう思案していると、待ちきれなくなった芝がバッグに手をかけようとする。
「だめだ!芝!」
「どうした?急に大きな声出して、そんなに中身を見られたくないのか」
「あぁ、そうだ、とっても見られたくない!そして、おれは今日アンケートを持ってきていない!だから、おれの事はいいから」
「アンケートが無いのはわかったが、お前のバッグの中身が気になる」
直人はもう一度手を伸ばしてきた芝に、充を見られぬよう、必死にバッグの口をおさえた。バッグの中に子供を詰めていることなど、まるで誘拐犯。周囲にこの事を知られること無く、穏便に解決したいと直人は願っていた。
しかし、直人の願いとは裏腹に、充はバッグの中から勢いよく飛び出した。直人は周囲の視線が、一度に自分に集まるのを感じ取った。そして、皆の視線の先にいる充が大声を出して直人にこう訴え始める。
「だいたい直人が悪いんだよ!僕の話を聞きもせずに置いて行こうとして!」
あぁ、終わった。直人はそう心の中で呟いた。
充の言葉の後には静寂が訪れる。クラスメイト達はなぜバッグの中から子供が飛び出したのか、まるで理解できてないように唖然としていた。
「仙崎………、どうして子供なんか学校に連れてきたのか」
唖然としたまま硬直しているクラスメイト達が座っている机の間を行きながら、担任は直人に尋ねた。
「いや………連れてきたわけじゃなくて………入っていたというか」
所々で言葉をつっかえながら、直人は答えるが担任は足を止めることなく、直人に近づいていく。しかし、綾音の席の横を通り過ぎる際、綾音が担任の腕を引っ張り、担任の進行を阻む。そして、綾音が担任の耳元で何かぼそぼそと呟くと、担任は少し顔を赤らめ、ネクタイを整え、最後に咳払いを一つする。そうして、直人に再び話しかける。
「せっ仙崎、その子はおれがどうにかしよう」
「へっ?」
先程のこれから怒鳴られるような雰囲気はどこにいったのか。直人もクラスメイト達と同様に状況がさっぱり掴めなくなってしまった。
担任は充の腹部に手を回して持ち上げ、教室の外へと出て行く。
「直人ぉ!助けてぇ!」
担任の腕の中で充はもがきながら、そう叫んでいたが、直人は知らぬ顔をしてやり過ごす。そうして、他のクラスはホームルーム中なのに関わらず、再び担任不在の教室となり、やがて教室はざわめき始める。
「おい、授業アンケートはどうするんだよ………」
直人の横では芝がそう言いながら、あたふたとしていた。
「とりあえず、それは帰る時にでも集めれるだろ、それよりも………」
直人は手でVサインを作り、にんまりと笑っている綾音がいったい担任に何をしたのか気になって仕方なかった。
所は変わり、教室棟校舎屋上。直人は綾音に話がしたいと声をかけ、それに芝と未奈がついて行き、閑散とした屋上にこの四人が集まった。
「やっぱりここはいいわね、落ち着くわ」
綾音はフェンスに手をかけて寄りかかり、涼しげに吹く風を浴びながら、街並みを見て、そう呟いた。もともと高所に建てられた校舎であるため、街を一望するにはうってつけの場所である。街を遠い目で眺め、綺麗な黒髪をなびかせている綾音を見て、未奈がこんなことを言い始めた。
「やっぱり美少女があんな風に風に髪をなびかせてると絵になるねぇ~。女ながら憧れちゃうよ」
「うむ、だが何かを悩んでるようにも見える、しかし、そこがまた良い」
「おぉ!芝さん分かってらっしゃる!」
「いやいや、未奈さんには敵いませぬ」
「そろそろおっさんみたいな会話を止めないか、お前ら」
そう直人が諭して、一度場を落ち着かせた所で、本題を切り出した。
「綾音のやつ、担任に何言ったんだろうな」
綾音が耳打ちした途端に担任は態度を変えた、その耳打ちした内容を知りたかったのだ。
しかし、綾音は直人達とは少し離れた所で物憂げに風を浴び、完全に孤立した空間を作りあげていたため、折角屋上に誘ったにも関わらず、そのことを直人は聞けず仕舞いであった。仕方なしに直人は芝と未奈に尋ねることを試みたのだ。
「それよりも直人、さっきの子供は誰だ?」
しかし、芝は直人が尋ねたこととは全く異なる話を持ち出した。直人は素直にその質問に答える。
「家無き子を二週間前に拾ってな、現在我が家で保護中の佐藤充君だ」
「猫さんじゃないの?」
未奈はいつぞやの話をし始めた。直人は一言違うと未奈に言う。
「苗字は伊藤じゃないんだな?」
「なぜ、伊藤なんだ?芝」
「だってあんな感じにバッグに収まっている姿を見るとどうしてもエスパーが頭に浮かんで」
それにも直人は違うと言う。
「じゃあ、隣国の雑技団出身か?」
再び芝が口を開いたが、直人は重ねて違うと言う。
「猫さんだよ、芝君」
「違うだろ未奈、あの子は雑技団出身の伊藤だ」
また本題からはずれ始めたので、直人は先程の質問に会話を戻そうとする。
「それよりお前ら、綾音があの時担任になんて言ったかわかるか?」
「知らん」
「分かんない!」
「………尋ねる相手を間違った」
直人はこれ以上この妄想二人組と話すことは無いと判断し、綾音の方へ足を進ませた。
「おい、待てよ直人!」
「何だよ、猫やらエスパーやらの話はもういいぞ?」
直人は足を止める事無く、歩き続ける。
「あいつが何を言ったか完全には分からないが予想することはできる!」
芝が自信あり気に言ったので、直人は踵を返し、元居た場所に戻った。芝は自論を述べる。
「つまり、こういうことだ。担任は綾音が何かを耳元で囁いた途端、顔を赤らめた。それから予想できるのは『先生、直人が怒られる分は私が体で払います』だ」
「ふんっ!」
直人はこの変態妄想男を蹴り倒してやろうと力んだが、直人よりも先に未奈が芝の腹部を蹴った。綺麗なミドルキックであった。
「いてぇよ」
「綾音ちゃんがそんな糞ビッチなわけ無いでしょ!」
未奈の口から糞ビッチなどと汚い言葉が炸裂したが、直人も未奈の意見に激しく同意し、そうだと言う。
「それに芝君、ちょっと見ててね」
未奈は綾音がいる方向を向くと手をメガホンのようにして口にあて、綾音を大声で呼んだ。
「何~?どうしたの?」
綾音は未奈が呼んだ事に気づき、その場で返事した。
「今まで何人の男の子と手を繋いだことある?」
「ふぇっ!?」
未奈の質問に対し、綾音は驚きの言葉以外返さない。直人と芝はきょろきょろと視線を変え、慌てふためく綾音の様子じっと見つめる。
「今までに何人と付き合ったことある?」
「………………」
次は、綾音は言葉すら発さず、こちらを向き、先程のように慌ただしい様子は無く、顔を真っ赤にするだけであった。
「今までに何人とキスしたことある?」
「………………」
終いには、綾音はフェンスの方を向き、俯いてしまった。
「このとおり、綾音ちゃんは超が付くほど、うぶなのです」
未奈は綾音への質問を止め、芝と向き合い綾音に指を指しながらそう言った。
「なるほどな、おれの予想は違ってそうだ」
「そうだよ、芝君」
綾音の純白は証明されたが、再び本題から完全に逸れてしまっている。直人はそのことを指摘してやりたかったが、また話を持ち掛けても話は逸れるばかりだろう。安易にそう予想ができたので、芝と未奈のことは放っておいて直人は綾音と話をつけに行った。
「綾音、聞きたいことがあるんだが」
すると綾音は真っ赤な顔を直人に向けると直人にこう言った。
「キキキキキキキキキスなんてしたこと無いわよ!」
「………それはもういいから、一度落ち着け」
真っ赤な茹でたタコのようになってる綾音が、平静を取り戻すまで、二人で涼しげに流れる風を、フェンスに手をかけ、寄りかかりながら浴びた。
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