普通で幸せな日常 2
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直人と未奈は友人の話や昨日放送されていた映画の話などについて話しながら学校へ向かって歩き続けた。直人達の通っている光星高校は、直人の地元である光枝町の光枝駅から駅前商店街を抜けた所にある大きな長い坂の頂上に建てられている。直人の家から歩くと10分以内で到着くので距離は1キロほどだろう。話し込んでいると短く感じる距離だ。直人達は気づくと長い坂の前まで辿り着いていた。
「いつ見ても長いよな、この坂」
「直人ぉ、それ毎日言ってるよ?さあがんばろ!」
未奈は右手を『えい』と天に突き上げるとせっせと坂を登って行った。
この坂には『自転車は常に押して上らなければならない』という校則がある。上りはともかく、下りは非常に速いスピードが出るため生徒たちの安全を考え、生徒会がこの決まりを作った。他の生徒と比べて、この坂に短時間でたどり着くことができる直人達は、すぐに自転車を降り、自転車を押していかなければいかないので、あまり自転車で通学するメリットを感じられない。だからこうして歩いて通学しているのだ。
「直人ぉ~どうしたの?」
「ああ、すぐに行く」
直人は未奈を駆け足で追いかけた。
五分間ほど歩くと、ようやく大きく光星高校と書かれたプレートがある校門が見えてくる。直人達は校門の前に立っている体育教師に挨拶しながら門をくぐった。
「着いたぁ~」
未奈は少し息を切らしながらバンザイした。
「本物の地獄はここからだ、無数の鬼(せんせい)が唱える呪文(授業)に耐え抜かなければいけない」
「何わけわからないこと口走ってるの?」
未奈は白い目で直人を見ながら言った。
「悪い、こういう所死んだ兄さんに似ているのかもしれない」
最近、直人は兄さんのことを話題にすることもできるようになってきた。別に兄さんのことを忘れてきているというわけではない。ずっと兄さんのことを引きずり続けてはいけない、そんなことを直人は未奈から教えられて気づけたのだ。
「やっぱり兄弟だもんね、直人もいずれは変人なるのか…」
「兄さんとは一緒にしないでくれ、行くぞ」
直人は未奈より先に、次は教室を目指して歩き始めた。
直人達は『1ーE』とプレートに書かれた教室の前で立ち止まった。この教室は直人と未奈のクラスである。
「着いたぁ!」
未奈はそう言いながら教室のドアを開けると、目の前にロングヘアーで背の高い細身の少女と鉢合わせた。
「あっおはよう綾ちゃん」
「おはよう未奈」
未奈が挨拶するとすかさず彼女も挨拶を返した。彼女の名前は島崎 綾音、直人達のクラスメイトだ。統率力、また行動力が高く、可愛いというよりも綺麗な感じのルックスで男女問わず人気がある。
「おっ、これはこれは、朝から仲がいいですなぁ」
綾音が未奈の傍に直人がいることを確認するとそう言った。
「何が言いたいんだ」
「若いっていいねぇ~」
「お前とは同い年だが?」
「いやー、結構結構」
綾音は直人のことを好きなだけ茶化して教室からスタスタと出て行った。その時、始業5分前のベルが鳴り響いたが綾音は引き返そうともしなかった。
「綾音、5分前だぞ」
「ああ、気にしないで、大丈夫だから」
綾音は振り返ることも、立ち止まることもせずに直人達に向けて手を振りながら言った。綾音のことだから本当に遅れてもいい事情があるのだろうと直人は思ったので、綾音を引き留めなかった。
「何が言いたかったのかなぁ、いったい」
「さあな」
未奈だけは茶化されていたことに気づいていなかったようだ。
始業ベルが鳴ったが、皆が席に座るということはなかった。クラスメイト達は仲のいい友達と話し続けていたし、未奈も自分の席に座ろうとはせずに、直人と話していた。結局、綾音は始業ベルの前には帰って来なかった。それに担任もまだ来ない。綾音や担任がいないのは何か事情があるからだとしても…。
「また遅刻したみたいだな」
直人の後ろの席は登校した形跡もなく明らかに空席のままだった。
「そろそろ、来る頃じゃないの?ほら」
未奈が窓の外を指さすとツンツンとした感じの髪型をした大柄の男が自転車を押しながら、全力疾走しているのが見えた。彼は芝 利英。クラスメイトの力持ちで、さばさばとした真っ直ぐな性格をしておりゴッツイ割にはとても良い奴だ。
芝はようやく校門をくぐり抜けた。校門に立っていた体育教師は芝の体力に感動し、思わず拍手をしているのが見受けられた。
「はーい、席につけぇ」
担任がそう促しながら、教室に入ってきた。皆がぞろぞろと自分の席に戻っていくのに合わせ、未奈も同じように自分の席に戻った。残念ながら芝は今日も遅刻の印が出席簿に付いてしまいそうだ。
「っ!また芝がおらんなぁ」
担任が芝の席が空席なのを確認して、そう言った。だが、その瞬間に教室のドアが勢いよく開かれる。
「ここに……います……」
芝が肩で息をつきながら教室内に入って来た。
「お前、もう少し早く来い、職員室じゃお前の朝の坂道ダッシュは話題になってるぞ」
「遅れる……わけには……いきませんから……」
「いや、もう遅れておる、早く席に着きなさい」
「……はい」
芝はヨロヨロと直人の後ろの席を目指して歩いて行き、自分の机の横に荷物をドンっと置き、席に座るとすぐさま机に突っ伏した。
「よく校門からこの教室までこんな短時間で来れたな、予想以上に早かったぞ」
「人間ハアハア!……頑張ればゴッホゴッホ!……どんなカッッハ!……」
「ああ、もうしゃべらなくていいぞ」
ものすごい全力疾走をしたことだけは伝わったから……。
先生がホームルームを終えると、芝はすぐに直人に話しかけた。
「放課後カラオケ行こうぜ」
「何を唐突に、しかも回復早いな」
さっきまでカッッハ!とか言っていたとは思えない程、なめらかな口調だった。
「いいね!カラオケ」
「あたしも行きたい」
綾音と未奈も賛同の声を上げた。
「どうしてこんな急な提案に、皆乗り気なんだよ……」
「お前の再帰祝いだ、ずっと遊びたかったんだぞ、この野郎!」
芝は直人の肩に腕をかけながらそう言った。確かに兄さんが死んでしまってから、直人がずっと他人を避け続けたために、芝たちとはずいぶんの間遊んでいなかった。
「そうだな、心配かけてしまって悪かったな」
「気にすんなって、直人はこうしてまた元気になれたんだからさ」
「それじゃ、久々に行きますかぁ!」
「「「オー!」」」
未奈の声に合わせて、腕を上に突き出しながら声を揃えてそう言った。
放課後、直人達は約束通り、学校から徒歩5分ほどの所にあるカラオケボックスに行った。綾音は相変わらず歌が上手かったし、芝も低くて渋い低音で歌っていた。そして、未奈はいつも通りの可愛らしい声で歌っていた。皆変わっていなかった。皆と過ごす時間は本当に飛んでいく矢のように早く過ぎてしまった。本当に楽しくて久しぶりに自然と笑えたし気がした。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、バイバイ綾ちゃん」
「また遊ぼうな、直人」
「ああ、また誘ってくれ」
カラオケボックスを出ると綾音と芝は帰る方向が違うため、各々別れの挨拶をかわした。
「未奈、外も暗くなってきたし家まで送っていくよ」
「そうしてもらえると嬉しいよぉ」
直人は未奈と共に帰路についた。
「ねえ直人、空を見て」
直人は未奈に顔を上げると空一面が綺麗な星空で覆われていた。
「…すげぇ」
思わず声が漏れてしまった。それくらい美しかったのだ。
「中々こんなことにも気づけないよね」
「ああ、きっと一人でいたんじゃ気づけなかっただろうな」
直人達が星空を見上げながら歩くと、すぐに未奈の家に到着した。
「また明日ね、直人」
「ああ、おやすみ」
未奈はドアの向こうに消えていく。
そう、こんな日常が一番いいんだ。誰かが傍にいてくれて、自然と笑顔になれるこんな日常。
「こんな日常が続けばいいんだ…」
直人はこの楽しかった今日を噛みしめるようにしながら一人で呟いた。その時だった。
「本当にそう思っているのか」
突然背後から声がした。直人が振り返るとローブで身を纏い、フードで顔を隠した男が立っていた。ローブの男はゆっくりと直人に歩み寄る。
「本当にそう思っているのか、仙崎直人。貴様が死んでいれば貴様の兄は死ななかったのだぞ」
どんどん距離が縮まっていく。
「少しは申し訳なく思っていたらどうだ、自らの命を……削って償おうとは考えないのか……」「それは違う!」
あと5メートルといった所まで近づいて来た時、直人は自分の命で償うと言った所に反応し、そう叫ぶと、ローブの男はそこで立ち止まった。
「後を追って死ぬことが償いじゃない!生きてくことが…何があっても生きていくことが大切なんだってことを気づかせてくれた人がいるんだよ、おれはそいつのことを心から信じている、だから再びこうして生きていられるんだ!それを見ず知らずのお前になんか!……」
そこまで言うと、ローブの男は直人の話を割って大声で笑い出した。
「後を追って死ぬ?生きることが大切?貴様は何もわかっていない、私が言いたいのは……」
男は直人に向かって手を突き出した。すると、突き出した手のひらに赤く揺らめく炎が突然現れ、段々と球の形に収まっていく。直人は身の危険を感じ、必死に逃げようとするものの、恐怖のあまり足がすくんでしまって動けない。
「仙崎直人、貴様が生きていることが問題なんだ、貴様の命は私たちの未来には必要無い。だから死ねぇ!」
男は炎弾を直人に向けて放った。炎弾の速度は速く、こんな近い距離では避けようが無かった。
しかし、直人は一瞬たりとも死を覚悟しなかった。最後の死んでしまう瞬間まで必死に生きる、そんな感情を持っていた。
(今からなんだ、これからまた始まるんだ。未奈や芝や綾音や色んな人と笑ったり、些細なことに感動して過ごせる時間が……。死にたくない……。おれはこんな所では死にたくない!)
直人は目を見開いたまま眼前に迫ってくる炎弾を睨み続けた。
「フリーズ!」
炎弾が直人に当たる直前、空から声が聞こえてきた。その声が聞こえた後、直人に当たるはずだった炎弾、ローブの男、周りの木々などあらゆるものが完全に停止した。この空間で動いているのは直人と、空から降りてきた人物。その二人だけだった。
「少しだけ下がっていて」
空から降りてきた少年は直人と炎弾の間に割り込むようにして入り、腰につけている鞘から碧色の刀を抜き出して炎弾を切り裂いた。たちまち、炎弾はその場で爆発したが、直人と空から降りてきた少年には炎どころか、不思議と爆風さえ当たらなかった。
少年は静かに刀を鞘に納めた。
「炎弾を……消したのか……」
ローブの男は突然の出来事に驚き、唖然としていた。
「お前は…いったい何者なんだ?」
おれはその少年に問いかけた。すると少年は直人がいる方に振り返り、こう答えた。
「大丈夫、僕が君を守るから」
少年は小柄で幼い顔をしていた。
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