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普通で幸せな日常 1

初めまして、読んでいただいてありがとうございます。

 午前七時。目覚まし時計がやかましく鳴り響く。少年はベッドからゆっくりと起き上がり軽く伸びをした。頭は寝癖でぼさぼさで、いかにもまだ眠そうな表情である。寝ぼけ眼をこすりながらベッドから立ち上がり、カーテンを開ける。今まで遮断されていた朝日が部屋の隅々にまで行き渡る。少年がたっぷりと体に朝日を吸収させると、もう一度大きく伸びをした。気持ちのいいよく晴れた朝だった。それから少年はクローゼットの中に収納されている制服に手をかけ、素早くそれに着替えて二階の自室から一階へと降りて行った。階段を降りた所にある廊下の突き当たりにリビングがある。少年がリビングに入ると父さんが朝食をとっている最中であった。そして、母さんは台所でせっせと家事をこなしていた。

「おはよう、直人」

 先に話しかけてきたのは父さんの方だった。

「おはよう、父さん」

 少年はそう朝の挨拶を返した。この少年の名前は直人、フルネームでは|仙崎 直人≪せんざき なおと  ≫。身長は170センチ程度ですらっとしており、あまり筋肉質ではないが、細すぎるわけでもない普通の体型の少年だ。

「髪の毛……すんごい跳ねてるぞ、学校に行く前にはちゃんと手入れしておかないと笑われるぞ。特に未奈ちゃんに」

「なんでそこで未奈の名前が出てくるんだよ、それに毎朝おれの髪がおかしくなることくらい自覚している、ちゃんと洗面台で鏡を見ながら直すつもりだ」

直人の髪は母親譲りの癖のある髪で天然パーマとまではいかないが少しクルクルとしている。そのせいか、大抵は毎朝寝起きには髪型が大変なことになっている。今日も例外なく頭は爆発していた。

「最近はどうだ?特に……未奈ちゃんと」

「だからさっきから父さんは何でしつこく未奈のことを聞いてくるのさ」

 うんざりしているのが伝わるような声のトーンで直人は言った。しかし、父さんはそんなにあっさりと引き下がってくれる性格ではない。父さんはニタニタと笑いながら再び詰問する。

「何かあったんだなぁ」

「直継さん、そろそろ時間よ」

 話の間に割って入ったのは母さんだった。ちなみに|直継≪なおつぐ≫とは父さんの名前だ。目玉焼きを乗せたトーストとサラダを直人に持ってくるついでに助け舟を出してくれたようだった。おれはその助け舟に有難く乗せてもらうことにした。

「そうだよ父さん、急がないと時間に…」

「で?どうなの?未奈ちゃんと」

 どうやらこの助け舟はすぐに沈んでしまった。母さんまで参戦してきてはどうにもならない。

「本当に何もありません。ただの幼馴染です。そろそろ勘弁して下さい」

直人がそう言うと両親は笑い出した。やけにかしこまって言ったのが良かったようで、なんとか詰問から解放された。

「それじゃ行ってくるよ」

 背広を羽織り、ネクタイをキュッと締めながら父さんは言った。

「いってらっしゃい」

 母さんは父さんに鞄を笑顔で渡す。父さんは小さく「おう」と言うと、玄関へと向かって行った。

「直人、弁当はキッチンに置いてあるからちゃんと持って行ってね、それと食べ終わった皿はキッチンによろしく」

母さんは父さんの皿を引きながら直人に告げた。

 「ハーイ」

 直人は返事した後、目玉焼き乗せトーストを一口かじった。卵は半熟で、少し食べるのに困ったがおいしかった。




母さんは隣の部屋で化粧をしているようだった。直人は食事が終わると母さんに言われた通りに皿を台所に持って行き、洗面所で歯を磨き、顔を洗った後で弁当を持って二階の自室へと向かった。そして、今日の授業で必要な物が入った鞄に弁当を入れて、一階の玄関へと向かった。

「でも、その前に」

 直人は玄関の近くにある和室に入った。そこにはポツンと仏壇が一つ置いてあり、すでに一本線香が供えてあった。おそらく父さんが仕事に行く前にお供えしたのだろう。直人も線香を一本仏壇に供えると両手を合わせた。

「兄さん……、今日も学校に行ってきます」

 仏壇の中には直人の兄である|仙崎 直幸≪せんざき なおゆき≫の遺影が立てられていた。兄は不幸にも3か月ほど前に事故で死んでしまった。事故……と言うべきであろうか。上から落ちてきた鉄骨から直人を守るために身代わりとなり直幸は死んだ。先に鉄骨が落ちてきたのに気付いたのは直幸の方だった。しかし、直幸は自分だけ逃げることは決してせずに、咄嗟に直人を鉄骨が当たらない場所に突き飛ばした。そのおかげで直人は生き延びることができたが、兄は死んでしまった。そのことによって直人は自分のせいで兄が死んでしまったと責任を感じ、自分を責め続けた。責め続けて責め続けた結果、心にぽっかりと穴が空いてしまったように完全に生気を失ってしまった。両親とも、兄を死なせてしまったことで、顔合わせできなくなってしまった。今日のような団欒とした食卓送れるようになったのもつい最近のことだ。

「行ってくるね」

兄さんにそう告げると直人は和室から出た。そして、再び玄関へと向かう。

「行ってきます」

直人が玄関にしゃがみ込み靴を履きながら、遠くの部屋にいる母さんに向かって言うと、小さく「いってらっしゃい」と返ってきた。その声を聞いてから直人はドアを開けた。ドアを開くと直人の目には家の前で誰かを待っている少女の姿が映った。

「おはよう、直人」

その少女は直人に話しかけてきた。少女の名前は|柳瀬 未奈≪やなせ みな≫、先ほどの両親の会話に出てきた近所に住んでいる小学校からの幼馴染の少女だ。未奈の身長は150センチ程度と小柄でショートカットの似合う元気系の可愛い少女だ。そして、直人の心にぽっかり空いた穴を埋めてくれたのは彼女である。未奈のおかげで今を生きていられる、またこうして元気に生きていられる。直人は本気でそう思えるほど、未奈に感謝していた。

「おはよう未奈、待ってたのか?」

「うん、クスッ」

未奈は直人の姿を見てから口を手で軽く抑えるようにして笑った。

「何かおかしいか?」

「あはは、鏡見てきたら」

未奈はクスクスと笑いながらそう言った。直人は何がおかしいのかと頭の中で検索する。

鏡……鏡……かがっ……。

直人はぼさぼさの髪を押さえる。

「……あっ!」

「やっと気づいたね~直してきたら?」

「すまん!ちょっと待ってろ!」

直人は鞄を放り出し、一目散に洗面台へと向かった。父さんに言われた通りになってしまった自分が、何ともみじめに見えてしまった。髪を素早くセットし、直人はドアを開け、息を切らせながら再び外に出た。

「悪い、待たせたな」

「いいって、面白いもの見れたし、クスッ」

「お願いだから忘れてくれ……」

「いつかね!じゃあ学校、行こっか」

きっと忘れてはくれないだろうと直人は思っていると、未奈が直人の鞄を差し出した。未奈は直人が洗面台で髪をセットしに行った時に放った鞄を拾ってくれていたみたいだった。

「ああ、ありがとう。それじゃ、行くか」

鞄を受け取ると直人は学校へと歩き出した。未奈もすぐに直人の横に並んで歩いていく。ぱっと見ても、まじまじと見ても、どこからどう見てもカップルのようにしか見えないが

(こいつとは何の関係も無い、ただの幼馴染、命の恩人だ)

直人はそんなことを思いながら、未奈と一緒に歩いて行った。


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