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宇宙の子供たち【本編(1)】  作者: イプシロン
第1章 アキレウス号と上陸隊――緊急事態発生!
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第5話 解析不可領域――暗黒物質

 自室に向かうあいだじゅう、カロンは全身から湯気を立てているかのように、憤っていた。船内の通路の壁面をところかまわず焼きくつくすかのようにして、カロンは大股で歩いていた。

 ――どうして人間てのはこうも愚かなんだ。俺にいわせれば順番が逆なんだ。生命科学を支えるために科学技術があるのであって、生命を蔑ろにして科学を推し進めるっていう行為はおかしいんだ。……まてよ、俺は船長の話を信じない。そう自分でいったはずだ。それならば、それさえ確かめられれば、この怒りは消せるのか?

 カロンは大学時代に感じた孤立の中に身をおいていた時の怒りを思いだした。あの黒焦げになるような怒りを。

「俺はこの怒りが嫌いなんだ。もう二度と味わいたくない。そう何度も感じてきたんだ。だから学術研究所アカデミーを去って、外宇宙アウタースペースであるこんな辺鄙へんぴな場所にやってきたんだ。だというのに……」

 カロンは感情のままに、通路の壁を拳で叩いた。さしたる痛みは感じなかった。ゴム製の壁面には人体を保護する目的と……。

 ――あ、マザー。そうか! 俺たちは監視されていたんだ!!

 壁面には乗員のいる場所、状態や状況を両親に知らせるセンサーが埋め込まれていたのだ。

 「これじゃ、なにもかも筒抜けじゃないか……」

 それに気づいたカロンだったが、怒りを声にしないではいられなかった。

 ――任務の期限はもう少しで終わる。どちらにしろ、エリスたちが戻れば任期は終わるんだ。そうすれば、とりあえず地球には戻れる。長くてもあと一週間だ。ならばその間に、俺が真実を暴いてやる。

 ようやく自室にたどり着いたカロンは、部屋に入るなり、明りも点けずに室内の会話モードをプライベートに切り替え、パーソナルコンピューター(PC)の電源を入れた。

 会話モードを知らせるインジケータと、PCモニターが発する光が部屋を照らはじめた。

 カロンの瞳にその光が反射して、赤と青の焔が揺らめいているかのようだった。


 睡眠カプセルの中で寝返りをうったとき、グリークは目が覚めてゆくのを強く感じた。感覚に逆らわずに彼女は目を開けた。

「もう寝れないよ。そんなに寝てばかりはいられないもん、あたし」

「そうですねグリーク」

 どこからともなくマザーの声がした。

「さ、でていらっしゃい。何かして遊びましょう」

「うん。あれ……アストライヤがいない? いた!」

 グリ-クは犬の縫いぐるみを見つけ出すと、すでに開いていたカプセルの中で身を起して、大きなあくびをしながら体を伸ばした。そのしぐさに添うように腰まで伸びた癖の強い、赤毛の髪が揺れ動いた。

「アストライヤ、おはよう! おあなたも起きて! 起きてちょうだい(スタートアップ)!」

「クーン、クーン」

 ――まだボクは眠いんだよ――縫いぐるみはそんな風にぐずった。

「あらグリーク、いい子ね。もうアストライヤを起動する言葉を覚えたのね」

「うん。この子はお友達だもん」

 そういうとグリークはアストライヤをそっと部屋の床に下ろした。

「あなた駄目な子ね、お寝坊さんよ。……まあいいわ。少しまってあげるから、目が覚めたならワン! てないて教えてね」

 その部屋は淡く薄い緑色の光に包まれていた。赤毛の少女はまだ幼かったが、彼女の目から力強く豊かな聡明さが萌芽していることが感じとれた。


「船長。グリークが目を覚ましました。タラッサが近くにいないようですので、わたくしとペットが側にいることにします。それから、クルーザーの位置が特定できましたので、スクリーンに表示します」

「そうか、頼む。タラッサはしばらく忙しいようだから、グリークのことはマザーに一任する。今は緊急事態だ。マルチ表示でグリークの様子も表示してくれ。彼女を蔑ろにすることはできない」

「はい、わかりました」

 マザーがそう答えたあと、それまで沈黙を保っていたメインスクリーンに方眼紙のような座標軸が表示された。そして、いくつにも区画された四角形のひとつの中に赤い小さな光が点滅しはじめた。

 メインスクリーンのはじには睡眠室でアストライヤと遊んでいるグリークの姿が見えた。

「エリスたちは、あそこか。わりかし遠いな」

「はい。シップの移動準備はまったくといっていいほど整っていません。ですから、こちらから救援に行く場合は、おおよそニ時間はかかると思います」

「通信は取れていないのか?」

「いまだ確保できていません」

「では下手に動くというわけにもいかないわけか」

「はい。なにしろ状況が全く掴めないのです」

「2808は比較的大きな小惑星だ。そこを七日間で調査するためにランドクルーザーの速度をはやく設定しすぎたのではないか? データを出してくれ」

「はい、ただいま」

 スクリーンに大量の文字データが現れはじめた。

「ファザー。とりあえずいつでも船を動かせるアイドリング状態にいれてくれ」

 ハウはファザーの応答を聞くのを待たずに続けて質問した。

「やはり速いな。これはどういうことだファザー? このシップの惑星接近基本速度に近いじゃないか……」

「いえ、速度はさほど問題ではないのです、どちらかというと惑星表面の起伏や状況にあるというデータです」

「だが、その程度のことは調査済みのはずだし、彼らも知っていたはずだ。アンクルから転送されたデータはあるか?」

「船長、落ち着いてください。ご質問されなくても、納得できる説明はしますから」

「ああ、すまんファザー。ではやってくれ」

 ハウはいかに自分が冷静さを欠いていたかに気づいて、大きく息を吐き、シートの背もたれに寄りかかった。

親戚アンクル・アーントからのデータによれば、発進後に気になるような報告は見当たりません。すべて正常範囲です。クルーザー自体の状態にも問題は見当たりません。ただ、気になるといえばクルーザーの起動範囲が、これまでのデータと比べると、弱冠狭いのです。正確にいえば、上下運動です。左右は特に問題ありませんでした。そこで車載物の確認を取りましたが、特別問題はないのです。それとこれはあまり考える必要はないとは思うのですが、乗員から親戚への指示コントロールがいつもより少ないという傾向が見られるという部分がありました。慎重に検討するとそういう結果になります」

「で?」

 思わず黙っていられなくなって、ハウは声を挟んだ。

「特に問題はないのです。乗員の体重、キャンプや食料、調査用機器、アンクルは当然そうしたものを感知しています。それも確認できています。クルーザー自体には何も問題はないのです。あったとしたら乗員の操作指示にあったかと……」

「ということは、ヒューマンエラーがあって、なおかつアーントがなにかとらえて緊急停止したということか」

「そうです。アーントからは解析不可能ななにかをとらえた、というデータが送られてきています。ですから、それに対応して緊急停止したものと思われます。私たちからすると非常に残念なことですが、親戚の連結連携機能は私たち両親と比べたならば、格段に低いのです。それゆえ、センサリングから、報告、連携、そして停止までの手順が急激になった。そう考えるのが妥当です」

「アーントのセンサー範囲の設定はいつもどおりの最大レンジか?」

「当然です。高速走行であろうが、低速走行であろうが、それが基本ですから」

「ならば相当ひろい範囲になにかある!? とセンサーが感知した。そういうことだな」

「そのとおりです。おそらく原因はそれでしょう」

「だが、そこまでの範囲の解析不可領域があったなら、なぜ着床するまえに君たちが感知できなかったんだ?」

「いいえ、感知もしていますし、あらかじめそうしたデータも親戚には渡しています」

「それでも緊急停止したということは……」

「ただいま解析不可領域を再センサリングしていますが、もう少し時間がかかります。あと……ニ分ほど待ってください」

「わかった……」

 ハウは、この二分間が勝負の分かれめになると感じた。理由はなかったが、なぜかそう直感したのだ。彼はコンソールテーブルのボタンを押して、ブレイナードリンクを注文してから、煙草を取りだして火を点けた。

 煙を吐き出したとき、ブレイナードリンク――脳の思考を活性化する飲料――がテーブルの一角にあるドリンクホルダーにせりあがってきた。

 ――どうしても好きになれない味だが、今はこれが必要だ。

 そう自分にいい聞かせてハウは一気にドリンクを飲み干した。

 思わずむせ返りそうになるのを我慢して、煙草を口元に運んだ。


「船長、結果が出ました。原因はやはり解析不可領域であると思います。以前のデータより範囲が広がっております」

「そうか、そのデータ時差のせいで、アンクルはいきなり緊急制動したってことだな」

「しかし、それだけが原因とも思えないのです」

「なぜだ?」

「この解析不可領域なんですが、どうも生きているみたいなのです」

「なんだって!! どういうことだ、説明してくれ!」

 ファザーが珍しくため息をつく音が聞こえた。

「解析不可領域自体には生命反応はまったく検知されていません。ですが今センサリングを続けているデータを見ると、領域自体が僅かに移動したり、収縮しているようなのです。以前のデータにはそれがありませんでした。ですから、恐らく解析不可領域は我々に反応した。そう考えるのが妥当なのです」

「私はそれが生きている? という確証にはならんと思うが、どうかね?」

 ハウはブレイナードリンクが聞きはじめていることを感じはじめた。

「確かに生命体でなくとも、移動や収縮は起こりえます。質量の変化がそれですね。ですが、今のところ解析不可領域から、その質量が検出できていないのです……」

「なんだって!! あんな広い範囲で全く質量が検出されていないのか!」

「はいそうです。範囲が暗黒物質ダークマターであるという断定はすでに報告済みのはずですよね」

「ああ、それは知っていた……。そうか! 質量が皆無だというのに、我々に反応した。それでファザーは解析不可領域ヤツが生きていると考えたんだな」

「そのとおりです。マザーともこの点に関しては検証しましたが、彼女の見解も同じです」

「どちらにしても、接近することは非常に危険だということだな」

「はい」

「ですから、解析不可領域はランドクルーザーへ向かってゆっくりとですが、移動しているのです。ですから……」

「ああ、わかってる、わかってる! 俺だって助けにいってやりたい。だが全滅するわけにもいかんだろう」

「エリスを、エリスを助けてあげてください、船長!」

 マザーの悲痛な声がいった。

「これは困ったな。問題は難しく、時間は無いということか……」

「そういうことになりますね……」

 ファザーの落ち着きあるバリトンの声が艦橋の空気を振動させたあと、しばらく残響していた。

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