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宇宙の子供たち【本編(1)】  作者: イプシロン
第1章 アキレウス号と上陸隊――緊急事態発生!
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第2話 ハウ船長の思惑

 エリスたちの乗ったランドクルーザーは異様に不格好だった。車体の前後がどちらも長く突き出していて、中央部分に三人がちょこんと座っている。そんな風体だったのだ。

 車内は特別狭いというわけではなかったが、外側からみると人間が占有しているスペースと車体部分が、どうしてもアンバランスに見えるのだ。

 小惑星は質量が月よりもはるかに少ないものが多く、重力が非常に弱いもが多かった。それゆえ、クルーザーをマニュアルで運転しようとしたなら、飛び跳ねるのを制御するために大変な重労働を強いられる。それゆえ、本格的なオートクルーズ走行に入る前に、車体や車載コンピューターや荷物の点検が義務付けられていたのだ。

「久しぶりだなこの感覚は。何度やっても慣れるまでは気味が悪いな……」

 着床ハッチを出てすぐの場所で停車していたクルーザーの後ろでニクスが愚痴った。

「なあに、一、二時間もすれば慣れるさ」

 そういいながらトーリはクルーザーから降りて車体の前部にまわった。

「ようし、オーケーだ。アンクルとアーント。光/宇宙線発電機は異常ないようだ。叔父さん(アンクル)叔母さん(アーント)は、両親ペアレンツよりは静かだし、余計なこともいわなくていいんだが、アキレウス号にいるのに慣れちまうと、どうしたってファザーとマザーの声が恋しくなるんだよな。普段は口やかましく感じるんだけどな……。不思議なもんだ……」

「なんなの? ニクスらしくないわねー。普段だったら軽口ばかり叩くくせに今回はなんだか神妙ね。そうね……アンクルたちはただの優秀なコンピューター。人格はないから気楽でいいといえば気楽よね。でも……ちょっと頼りなさを感じちゃうのよね……」

 そういいながらエリスは、トーリが着た宇宙服がもっさりもっさりと動く姿をのんびりと操縦席から眺めていた。

 ――この時間はいつも退屈なのよね。あ、そうだわ! アンクルたちを起動しないと……。

 エリスは宇宙服のヘルメットからケーブルを引き出し、操縦席のパネルにある穴に差し込んでからいった。

「アンクル、アーント、おはよう! 調子はどう?」

「おはようございます。特別問題はありません。あえていえば、快調といったことろです。これから車体及び、車内センサリングに入ります」

 ファザーと比べると格段にたどたどしい男の声がした。

 エリスはアンクルたちが正常に作動していることを計器盤でも確認してから、ニクスに話しかけた。

「今日から淋しがり屋になったニクスさん。親戚は快調そうなんだから、あなたもいつも通りに戻ってね」

「こんな俺でもね、最後の任務となると、なんだか淋しい心持ちになるんですよ……。早かったような、長かったような三年でございましたとね……」

「ちょっと、いい加減にしてよ! これから少なくとも三日間はあなたたちと一緒にテント生活よ。いまからそんなんじゃ困るわー」

「すまん、すまん。まあすぐにもとに戻るさ。俺は単純さが取柄だからね。……こっちは完璧だ。……トーリそっちはどうだ?」

「んん……テントに食糧。それから……」

――あれ?…… ロボペットなんて積んだのは誰だい? まあいいか……スペース的には問題はないようだしね。

「うん、大丈夫だ。こっちもパーフェクトだよ」

「ではでは、お二人さん、ご乗車ください」

 軽く急かすかのようにエリスがいった。

 ただ声だけが聞こえる世界。普段であれば靴が床を蹴る音もする。しかしこの空間では、男たちがシートに座ってもなんの音も聞こえなかった。ただ、少しばかり車体が上下するのは感じとれた。

 エリスが振り向くと、二人が乗り込んでくる姿が見えた。ニクスより少し遅れて乗り込んできたトーリが膝の上にロボペットを抱えていることに気づきはしたが、特別変わったことだとは思わなかった。

 いつだかの任務フェイズで誰かが同じようなことをしていた光景が、なんとなく彼女の脳裏に浮かんだだけだった。

 エリスはゆっくりと向き直り、クルーザーのキーを回した。

 ――古風ね。宇宙に来てもこういうところは変わらない。人間くさいといえば人間くさいわね……。

 そんな思考をしながらエンジンが唸るのを待った。が……宇宙では音が聞こえないことに気づき、エリスは自分を嘲笑した。

「アンクル、出発よ。何か問題はない?」

「大丈夫です。オールグリーンです」

 抑揚のない機械じみた男の声がエリスの耳をくすぐった。

「もう少し、なんとかならないのかなあー。この喋り方……」

 ニクスが我慢ならんといった風情で苦情をいった。

「仕方ないさね」

 トーリが慰めるかのように呟いた。

「アンクル。クルーズプログラムは入力したわよ。あとはオートで任せるから、やってちょうだい。何か気になるものがあったら教えて。それまではドライブモードでね」

「かしこまりました。発進します」

 クルーザーはゆっくりと動き出した。

 重力が弱く車輪が地面を掴めないことを補助するために天井につけられたバーニアが試運転のためにだろうか、頭上に向けて軽く何度か短く噴射されたあと、クルーザーはスピードを上げはじめたようだった。

「そういえばエリス。さっきいってたのは本当かい?」

 唐突にニクスが尋ねてきた。

「え?」

「ホームシックのことさ」

「なわけないじゃない。あたしは宇宙ソラが好きよ。たとえ地球テラに帰ることが無くても充分楽しんでいけるもの」

「じゃあこいつは君が積み込んだんじゃないな」

 ニクスはそういいながらトーリの膝に置かれているロボペットの頭を撫でた。

「俺じゃないぞ」

 トーリが我に返ったようにいった。

「じゃいったい誰が積んだんだ? ロボペットだぜ。調査の何に役立つのさ?」

「子供たちがエアロックハンガーで遊んでるうちに置き忘れたんじゃないの?」

「女らしい想像だけどさ、そいつはいささか無理があるってもんだ。大体においてクルーザーのトランクは常時ロックが普通だぜ」

「じゃ、いったい誰が?……」

 エリスは振り向きもせずにニクスに問い返した。

 犬を模して造られたアンドロイドを食い入るように見るかのごとく、トーリのヘルメットがコクリと傾いた。

「……カロンだな。あの野郎め。帰ったらとっちめてやるぞ!」

 三人の笑い声が室内キャビンに木霊した。

「まあいいじゃないの。宇宙が少々退屈なことは事実なんだしね。船に戻る楽しみもあるってことよ」

 エリスが面白そうなことが起こりそうだとばかりに弾んだ声でそういった。


「つまりは、そういうことだ」

「へえー。自分からすれば小惑星調査なんてちょろいもんだと思ってましたよ。でも、そんな技術的課題があって小惑星帯調査が太陽系で最後のリサーチになったってことなんですね」

 カロンが関心した声を放ったあと口を閉じた。

「私が子供の頃にはな、アステロイドベルトというと、よくSF映画の場面にされていたもんだ。危なっかしくて高速航行もできない。そんなところでシップチェイスする映像なんかが当たり前にあったんだよ。だが現実はさほど危険ではなかった。小惑星同士の間隔も映画のように密集しているわけではないからな。しかしそれでもマザーとファザーが無ければ不可能であったということだな。なにしろ一つ一つの小惑星の移動速度も自転速度も逐次微妙に変化するわけだし、トロヤ群(L4)に関していえば着床するためのそうしたデータ計算をニ八〇〇回も、その場その場で計算し直さなきゃならないってことだからな。場合によっては、距離が遠いとはいえ小惑星同士が衝突することもある。そうなると、古いデータに基づいて現地に行ってみたらそこには何も無かった。そういうことだってあり得るわけだから、常時小惑星帯のデータを更新して記録しておく必要がある。そうなると莫大な電子データー処理が必要になるってわけだ」

「でも、いまのマザーたちの完成度になるまでは時間がかかったのでは?」

 タラッサがハウにそう尋ねた。

「そこが一番の問題だったのだよ……。その部分で尊い犠牲者が多く出たということだな」

 ハウは黙祷するかのように押し黙ってから、また話し出した。

「そもそも……君たちに両親の理論的構造の説明をすることは、船長業務規定によってしてはならないのだが……私は君たちを信頼している」

 カロンとタサッラは緊張した面持ちを作ってハウに軽く会釈をした。

「あれは――エリスは――それを知っているだけにな。君らだけに話さないでいるということは、私もこの三年間心苦しかったのだよ。……マザー、ファザー。すまんがここからは非傍聴モードに入ってもらえまいか? 今からする話は業務違反に当たるが、どうだろうか、これまでの私との付き合いを信じて、そうしてもらえまいか?」

「かまいませんよ」

「ええ、わたくしもかまいません」

 両親が即答してきた。

「それでは、非傍聴モードに入ります。お話が終わりましたら、Bコンソールから教えてください」

「わたくしはトロイヤとグリークの様子でも見ておきましょうかね。それではまたあとで、船長」

 ハウは両親の声がしなくなってから、コクピットの一角に顎をしゃくってからいった。

「あそこだ。この船のブラックボックスだ」

「え? あれはただの未使用ブランクパネルじゃないんですか?」

「ああ、あそこがBパネルだ。間違いない」

「通信長として三年間もこの船で暮らしてきましたけど、アタシも全然気づきませんでしたよ……」

 タラッサが驚愕と嘆息の混じった声でそういった。

「彼らの極秘度はそれぐらい高いということだ。……しかし、ここまでで驚いてもらっては困る。これから話すことをきいたなら、君らはさぞかし衝撃を受けることだろう……」

 そういってハウは少々固い表情をつくった。


「どうだね、子供たちの様子は」

 ファザーがマザーに尋ねた。

「もう勉強は飽きたようですよ。すっかり本当のお昼寝をしているようです。……もう肉体というものを失ってからどれくらいの年月が経ったのかも分かりませんが、もし戻れるというなら、この手であの子たちを抱きしめて、温もりを感じたいものです……」

「マザー。そんな風な気持ちでは、タラッサに過保護だといわれてしまっても、何もいい返せないんじゃないかな?」

「それはそうです。でも私はあの頃と何も変わっていないのです。数十年単位で増えた宇宙の知識など何になるというのですか? それはあなたにだって……」

「ああ、充分にわかっているよ。だからといって規則は規則なのだよ。我々がそれを破ったとしたならば……、我々は抹殺されるのだよ……」

「わたくしは、あの子に会えたことが嬉しかったのです。エリスに会えたことが……。でも会ってしまったことを後悔してもいるのです。エリスに会わなければ、こうも人の温もりを欲しがるようになりはしなかったでしょう……。そう思うのです……。だから……もしも、もしも願いが叶うとしたならば……」

「もうよそう。ハウは出来た男かもしれないが、彼はいつか我々の元を去ることだろう。エリスを連れてな。だから彼に期待するということは、彼にとっては酷なことなのだよ。……思えば彼との付き合いも長かったのだが……長く生きているということは……」

 ファザーはマザーがすすり泣く、光/電気信号をキャッチして、一時的にマザーとの連結回路を直通回線ホットラインに切り替えた。


「では、船長は両親が以前は我々と変わらない生身の肉体を持った人間だったというのですか? 嘘だ! そんな作り話には騙されませんよ!」

 カロンは高揚し興奮し、半ば怒りが沸騰したかのような大きな声を立てて、ハウに詰め寄った。

「落ちついてよカロン。元科学者らしくないわ! アナタらしくないわ! どうしたっていうのよ!」

「すまない、タラッサ。でも、でも、船長のいうことが事実だとしたらだ、この世界の生命倫理はどうなってるんだ……。たかが超光速航行の科学的調査のためにだぞ。そんなもの、たかが交通手段であり移動手段じゃないか!」

「それは違うわ!! カロン!」

「なぜそう言い切れるのだね? タラッサ……」

 ハウはカロンの激情とは裏腹に、落ち着きはらった態度で聞きかえした。

「タイムマシーンです。……もしも超光速航行の技術が実現化できれば、恐らく過去に遡れます。そうなったなら……」

「そうなったなら?……」

 カロンが感情の蒸気を突如止めて静かにタラッサと同じ言葉を繰り返した。

「そうなったなら……」

 ハウが二人の視線と感情を受け止めたあと、重々しく良く響く声で――

「マザーたちは肉体を取り戻せるかもしれない……」

 そういった。

「私はそれに気づいてしまった……。だから、通常三年間というクルーズを六期も続けてきたということだ」

 ハウの重い声が再びフロアーに響いた。

「でも、2808の調査が空振りに終わったならどうするんです?」

 我を失っているように見えるカロンに変わってタラッサがそうハウに詰問した。

「大丈夫だ。次はギリシャ群(L5)がある。チャンスは一七六〇回以上はある」

「もしそこで何も見つからなかったら?」

 タラッサの声は上ずっていた。

「火星と木星の間にあるベルトを調査してもいいし、冥王星ベルトだってある」

「では、船長は地球に帰らないつもりですか?」

 タラッサにはハウの気持ちがどうしても理解できなかった。

「そうだな……。知ってしまった以上、気づいてしまった以上、私は帰らないだろう。……もうすでに宇宙に骨を散らす覚悟はできているよ」

 そのとき、ようやく我を取り戻したかのようにカロンがハウに怒気をぶつけてきた。

「そんな……信じられませんよ。そんなこと……。だいたい、エリスのことはどうするんだ!? 彼女を巻き込むのか!? そんなこと…………。船長、あんたは妄想を見てるんだ。作り話を聞かされただけだ! なにもかもが馬鹿げてるよ! 俺はこんな話は信じない! 絶対にだ!」

 激高して首まで赤くなったカロンは、そそくさと艦橋を駆けだしていった。

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