散らかった花びらの陰でさよなら
「大好き」
「ふざけんな」
相変わらず、可愛くない返事。無愛想で素っ気無くて女の子らしさなんて、まるでなくて。
普通なら、平手打ちをくらうところだろうが、今は何とか耐えてくれているらしく、手を強く握りしめている。
「ごめん」
「大っ嫌い。お前なんか」
「知ってる」
「最低」
彼女はセーラー服のネクタイを、左手で、ぎゅっと握る。すごく不機嫌なときに、彼女が見せる癖。整えた眉を綺麗に吊り上げて、口はへの字に曲がっていて、唇は噛んでいて、瞳は若干潤んでいる。此処まで不機嫌なのは、彼女の誕生日を忘れしまっていたとき以来だ。
「分かってるよ。でも、俺は好き」
彼女の不機嫌な顔はふにゃり、と哀しそうに歪む。
「ごめん。……本当に、ごめん」
こんなとこに居たんじゃ、説得力ないよな。
いくら、俺が「好き」ってほざいても、伝わるわけないよな。
分かっているけど、口走ってしまう。「好きだ」って。「愛してる」って。それが、決して彼女の心に届かないとしても。どんなに自己満足の行為だとしても。
「……最、低」
彼女の声が弱弱しく震える。顔を両手で覆っていた。泣いているらしかった。
こーゆー状況の時、『俺よりも、いい男見つけて、幸せになって』って、言うべきなんだろうか。
でも、言えないや。口が裂けても。本当に彼女が好きだし、誰にも渡したくない。
「どうして?」
手の隙間から篭って掠れた声が漏れる。
「どうして、先に死んじゃうの……」
彼女は両手をゆっくり下ろし、冷たい木製の棺を、恐る恐る指先で撫でる。彼女の白い頬には大粒の雫が滑っていた。初めて見た彼女の涙。彼女の紺色のセーラー服に、雫が染み込み、黒いシミを作る。
ひどく哀しげな彼女の目は、潤んでいてきらきらしている。彼女は苦しそうに、のろのろと唇を動かした。
映画見に行こうって言ったのに。
プレゼントのマフラー、頑張って編んだのに。
不味いって言ってたクッキー、美味しく作れるようになったんだよ?
愛しくてたまらない。今すぐ彼女を抱きしめたいのに、触れることさえも許されない。
約束、守れなくてごめん。マフラー、もう温もりなんて感じれないけど、今、俺の首に巻いてよ。こんなことなら、正直に「クッキー、マジおいしかった」って、言えばよかった。
俺の顔の横にさり気なく白い花が置かれる。同時に、彼女の涙の雫が俺の頬を冷たく跳ねた。気づけば、俺の体の上には白を基調としたたくさんの花々が散らかっていた。
唇を噛み、震える声を振り絞った彼女の声。
俺が最後に聞いたのは、愛の言葉に似た、別れの言葉だった。
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