第91話
「――天城君たちのガード、お願いしますね。あたしも大罪の思念獣相手だと、余裕ないですから!」
「はっ、はい! ――動かないでくださいよ!」
アシュラーーそう呼ばれた思念獣を、ひばりは見据える。
顔は三面あり、まず正面に来ているのは明王の顔。
その後ろに菩薩と鬼の顔があり、それぞれに対応した様な腕を持ち、菩薩の腕が錫杖、明王の腕が剣、鬼の腕が金棒を握りしめている。
体躯は4mかそこら
傍から見れば、明らかに文字通りの小人と魔神
「ちっちゃくないよ!!」
『――――?』
突如のひばりの突っ込みに、アシュラは首を傾げ――ふるふると首を横に振った。
そして腰から上の上半身が回転し、正面が菩薩となる。
――余談だが、思念獣の人格形成は主人格ではなく、ペルソナの1部の投影
故に思念獣は必ず主そっくりになる訳ではない。
「……どういう意味なのかな?」
『――ぐおおおおおおおおおっ!!』
そんな事をひばりが呟いてる間に、上半身が回転し鬼が正面に。
金棒を振り上げ、ひばりめがけて振り下ろす。
「甘いよ」
流石に正面衝突では勝てない為、棍の先に風を圧縮した風球を作成。
棍と金棒が衝突したと同時に、ひばりは受け流しと圧縮した風の解放を同時に行い、棍棒の攻撃をそらした
――そらした先にある家が、鬼の一撃でがれきへと変わってしまう。
「――仕方ないとはいえ、ごめんなさい」
と言っても、既に白夜とユウの攻撃の余波で殆ど崩れかけであったが……
シャリーンっ!
金属がぶつかり、こすれる音が響く。
ひばりの目の前――アシュラの正面が菩薩に変わり、錫杖をついたために。
「――やっぱり苦戦は必至みたい……でも“テトラグラマトン”はまだ使えない以上、やらなきゃ!」
「ぬううううううっ!」
炎上し、ドロドロとマグマが溢れ出る左腕を振りかぶり、突き出すと同時に噴火する様に轟音をあげ、マグマが噴出す。
「はあっ!」
その噴き出すマグマを、破り取った空間を盾にそらした。
街並みがマグマに薙ぎ払われ、焼き払われて行く。
「――この前復興したばっかりなのに」
この場は街中。
大罪同士がぶつかれば、間違いなく跡形も吹き飛ぶ様な場所。
「――お前の力をそう何度も受けられる程、私は頑丈ではない」
「ああそうかい――嘘臭いが」
カーゴパンツに、ごつい布地のシャツにブーツ。
サスペンダー状のごついベルトを着け、その背に6本の太刀“六連”の鞘を、交差する様に着けているという格好。
肌が見える部分からは全て、燃え盛るマグマがドロドロと噴き出している状態。
汗のようにアスファルトの地面へと滴り落ち、ジューっと音を立てる。
「改めてみれば、とても人間の姿とは思えないな。憤怒に相応しい様相ではあるがな」
「結構だ。自覚してる……お前のその姿も同じだろ」
「――最もだ」
こちらは、黒いスラックスに革靴をはき、上は多少血がつき焼きこげた部分があるスーツの様な上着を羽織り、ボタンを全部外したYシャツを着たその下に真っ白なTシャツを着ている――戦闘には似つかわしくない格好。
元々が並外れた美形ともあり、まるでホストの様な雰囲気を醸し出しつつ、背の3対6枚の翼――天使、堕天使、悪魔の3種の翼を羽ばたかせる。
まるで現代の天使か、あるいは堕天使か、あるいは悪魔か。
――何を考え、何を願っているのかを垣間見せない白夜を、これ以上なく現す要素ともなる翼を。
「かつては大戦を止めた力――しかし今では、新たな闘争の引き金か」
「――ああ。ったく、笑えやしねえ……もしかしたら北郷やお前とも、終戦記念の同窓会でも平和にやってたかも知んねえのにな」
「違いないな――人の身勝手さと言うのは本当に罪深い」
翼の1つ、黒い堕天使の翼がユウを薙ぎ払う様に襲いかかる。
その翼をユウが掴み、焼け焦げるような音を響かせつつ、ギリギリと押し合い。
「――だからって、平和な世を諦める気はねえぜ?」
「平和なら、北郷が齎すだろう」
「そうじゃない。契約者社会の根幹――欲望と理性の均衡を、本来あるべき姿にする」
「――ふんっ」
侮蔑する様に鼻を鳴らし、人差し指を突き出す形で、右拳を握る。
まず右の人差し指ならぬ人刺し指が、拳銃どころかライフルを上回る威力とスピードでユウの顔面めがけて突き出され、こちらは焔群を納めた鞘でガード。
打刀“焔群”は、基本的に手で持つかベルトに引っ掛けるかのどちらかで、戦闘時には基本的に手で持っている。
鞘と拳が、こちらもギリギリと押し合いを始める。
「――それこそ、夢物語だ」
「何……?」
「人が望むのは、平和ではない――」
――大剣を投げ捨て、白夜は左拳も人差し指を突き出す形で握りしめる。
「――!」
「――こういう事だ!」
ユウが距離を取ると同時に、白夜は駆けだし拳を振るっていた。
ひばりの腹を刺し貫いた“指”と言う名の弾丸が、連撃でユウに襲い掛かる。
「うっ、くっ!!」
白夜の人刺し指が赤く染まると同時に、ユウの身体に穴があく。
格闘戦の技量で白夜に劣るユウは、普通に拳を振るうよりも早く殺傷力のある連撃。
ひばりの腹を貫いたのが銃とすると、こちらは機関銃と言わんばかりに、刀を抜く間もなくひたすらに防戦一方。
しかし、ユウにとっては痛みはあれど、傷の内にも入らなかった。
穴はあけど、炎熱能力の副作用、自己治癒で穴があいてすぐにふさがって行く――彼にとって、半端な攻撃力ではただ痛むだけ。
――その過信を、白夜はつけこむべく腕を止めると同時に身体を回し、ユウを上空へと蹴り上げた。
「響け、終焉に捧げる祈り――“聖戦に捧ぐ福音”」
天使、堕天使、悪魔。
それぞれの翼が光を放ち光線となって、上空のユウめがけて襲いかかる。
マグマでの防御もむなしく貫かれ――どしゃりと音を立て、倒れ伏した。
「――圧倒的な勝利、血の匂い、敵が破滅し這いつくばる姿……全てが人の望む物。人にとっての他人など、自分の為の道具かあるいは踏み躙るための道具としかみない」
天使、堕天使の翼が、羽を撒き散らすかのように大きく羽ばたく。
白と黒の羽が舞い散り、地面に落ちると同時に消えるその光景は――戦場と言う空気を塗り替え、幻想的な世界となった。
「人にとっての平和――それは自分にとっての都合のいい物だけが存在する、身勝手な夢の中」
故に他人など人ではない
現実をつきつける者など、破滅させなければならない
自分の幸福とは確約されなければならない
「――それ故に狂気に駆られた正義傘下の方が、まだまともに見える」




