第88話
「――ひばり、立てるか?」
「……大丈夫です」
白夜の指で刺され、銃で撃たれたかのように出血している腹部を抑えるひばり。
それを抱き抱えつつ、ユウは焔群を構えながら白夜と相対。
「……まだ立てるか」
ひばりの血で真っ赤に染まった指を拭い、自身の“空間破壊”の先の空間の物質“異界物質”で作成した、この世界には存在しない材質の剣を握りしめ――。
ガキィッ!!
「――!」
「まだ立てると言うのは少々困るな」
「ウソつけ。お前ほど困るなんて言葉が似合わん奴がいるか!」
「褒め言葉と受け取っておく」
ユウの焔群と白夜の大剣がぶつかり合う。
「うわっ!」
「防壁はれ! 早く!!」
街中ともあり、塀が吹き飛ばされ付近の家屋も崩壊。
地面の道路も2人を中心に抉れ、ヒビが入って行く。
「場所と場合を考えろよ!! まだここには……」
「避難警報は出ているのだろう? ならばこんな所をくだらない理由でうろうろしている方が悪い」
「くだらない? ――そう言えば、なんでお前らがここに?」
そう問われて、放心状態の4人ははっと我に帰り――
白夜とユウの足元に残る、光一の血溜まりを見て目をそらした。
「――所詮はぬるい環境しか知らん、家畜同然のクズか」
「なにぃっ!?」
「なんだ?」
「うっ……!」
光一を一突きにした剣
ひばりを手品のように圧倒し、腹を討ち抜いた指。
――本物の人を殺す力と、それを躊躇いもなく使った男を前にして、完全に言葉を失っていた。
「力を振るう者の末路が、幸福だとでも思ったか? バカが……自分の都合がいい様に捻じ曲げた権利に縋りつき、他人をねじ伏せる力を求めるだけで、覚悟も見据える未来もない分際ならば、黙って踏み躙られていれば良かった物を」
「――ふざけるな! 俺達は奴隷じゃ……」
「奴隷で居れば、少なくとも死ぬ事はなかった者もいた筈だがな。こんな風に――言っておくが、死んでいないとは言っていない」
「――そこまでにしとけ」
ボゴボゴと、煮えくりかえる音。
そして辺りに充満し始める、炎を前にした時とは比較にならない程の熱さ。
煮えくりかえるマグマがあふれ出る右腕を振り上げ――
「皆! あたしの後ろへ!!」
ひばりが棍を手に、修哉達と2人の間に立った瞬間……。
ドゴォッ!!
「ぐあっ!」
白夜の左の顔面にマグマの拳がめり込み、その勢いのまま地面に頭をたたきつける。
まず引き起こされたのは衝撃
そして地面を焼き、溶かす程の熱。
「くっ、うぅっ……!」
その衝撃と熱を、ひばりは棍に込めた冷気の力でガード。
腹部の傷が激痛を訴え、血も先ほど以上に噴き出し、体力を奪っていく。
「――支倉さん!」
「大丈夫――大丈夫だから!!」
「「「「…………」」」」
その衝撃も徐々に収まり、ガードする必要がないほどに弱まると同時に、ひばりが膝をつく。
「――大丈夫か?」
「いえ……あたしはいいです。それより……
「――流石に効いたな、今のは」
左の顔が焼けただれ、普段なら女性ならば見惚れずにいられない造形は、血に塗れていた。
「……嘘だろ。マグマだろあれ?」
「――あれ喰らって生きてるって」
「本当に人間――いや、生物なのかよ?」
「……さらに立ってるって……夢でも見てるような気がするわ
しかしそれ以上に、大罪の力。
そして、それを受けて生きているどころか、立っている事に目の前にいる人物が人間と言うより、生物と言うカテゴリに属する物なのか。
一般人の4人は、呆気にとられていた。
「――随分と激怒したようだな?」
「お前にとっては捨てた者かもしれんが、光一は大事な仲間だ」
「仲間か……ふんっ。仲間と言うなら、美徳もかつては大罪の仲間だったろう?」
純白の天使の羽、漆黒の堕天使の翼、そして悪魔の羽。
その3対6枚の翼が、白夜の背に具現化される。
「強欲、色欲、暴食、怠惰、嫉妬――そして、私の傲慢とお前の憤怒。人はこの7つの欲望をもって“大罪”と呼ぶ」
「……ああ。それらは過ぎれば身を滅ぼす毒であると同時に、それらすべてが人と言う存在を理解する上で不可欠な要素でもある。そして……」
「誠実、慈愛、知識、希望、友情――正義と勇気。これら7つの美徳と呼ばれる理性。これを大罪の対とする事で、人は人となり得る……本来なら正義のやっている事は、その均衡を壊す行為にすぎん。しかしその思想が、世の秩序の要となってしまった。これがどういう意味かわかるか?」
「――人の世に欲望が溢れ返り過ぎている。だろ?」
「そうだ……人の意思とは、欲望と理性の均衡の上でしか成り立たん。その均衡が崩れた時点で、そんな物意志とは言えん」
その次に空間を叩き割り、叩き割った空間の裂け目からもう一本の剣を取りだす。
「――お前達が求める物とは何だ? ……そこの奴等の様に、気に入らない物を排除し好き勝手ふるまえる世界か?」
「んな訳ねえだろ。まず目指すべきは大罪、美徳が通常通りに機能する世界――それまで正義にケジメ着けさせる事も出来やしない」
「――額面通りに機能すれば平和になる社会など、これまで幾多も会った筈だがな」
「その額面通りが出来ないまま次を求めたって同じだろうが」
「それを認めると思うのか?」
「認めさせなきゃならないだろ。正義否定してやること同じじゃ、ただ世をひっかきまわしたバカ野郎でしかねえんだ」
ユウの背から、突如噴火する様にマグマが噴き出す。
そのマグマが6本の蜘蛛の足の様な形に収束され――その先がユウの腰の6本の胴太貫、六連を抜き、噴火七刀流の構えを取る。
「だがまずはテメエをブチのめしてからだ」
「――無駄だ。私は“無”を司る大罪……“噴火”では“無”には勝てん」




