第86話
怠惰と希望の全面戦争首謀者捕縛完了
それと同時に、首相自らが希望と怠惰の仲裁に入り、無事に終結。
世はホッと一息
――つく間もなく、傲慢が憤怒に向け進軍を開始したという情報が、昴の手により世を駆け巡った。
「――そうか、わかった。じゃあすぐに迎撃に迎え、俺達もすぐに行く」
当の憤怒では、安堵のすぐ後絶望――。
何せ誠実の介入で、完全に後手に回らざるを得ない状況となっていた上に、今ユウは留守。
更に言えば、憤怒忍者軍が使えない為、敵の正確な数と構成もわからない。
「光一君」
「――状況を見て準備していたにしては、早すぎる。希望と怠惰の戦争が始まる前から、こうなる事を予期してたとしか思えない」
「――流石は傲慢……でも、何の為に?」
「わからん――とにかく急ぐぞ」
「うん!」
戦闘準備を整えた光一とひばりは、いざ出撃――
「……なんだ?」
しようとして、何か騒ぎを聞きつけそちらに向かう。
出向いた先では――
「くそっ、離せ! 離しやがれ!!」
「久遠君と支倉さんはどこよ!?」
「今は警戒態勢が解除されてません。すぐに指定された避難区域に戻ってください」
傘下の下級契約者達に取り押さえられてる4人。
修哉、和人、錬、紫苑がいた。
「――何やってんだよもう」
「あっ、久遠さんに支倉さん。それが――」
「――顔見知りだ。いいよ、後は俺が対処するから解放してくれ」
「はっ、はい」
光一の指示で、4人を取り押さえていた下級契約者が解放する
――と同時に、錬がいきり立ち光一の胸ぐらをつかんだ。
「どういう事だよ!? 戦争が終わったってのに今度はこっちって!」
「こっちだって、何の宣告も要求もなく攻めて来てるからわからん」
それを見て、周囲の下級契約者達が錬たちを再び取り押さえようとするが、光一が手で制する。
「わからんで済むか! お前らの勝手に振り回されるこっちの身にもなれよ!!」
「――言いたい事はわかるさ。けど……」
「だったらブレイカーをくれない? 自分の身くらい自分で守るから」
紫苑も不満感を隠そうともせず、光一を睨みつけたままそう告げた。
そちらにはひばりが、宥める為に慌てて間に割り込む。
「ダメですよ。あたし達の一存じゃ、許可はできません」
「……身を守る権利も与えないって事?」
「そうじゃありませんよ、佐伯さん」
「――そう。貴方達も所詮は同じだったのね……私達は家畜か何かと思ってるって事?」
「そんな事……」
「何を信用しろって言うの? あんな正義とかいう、侵略者の肩を持っておいて!」
「――現実を突きつけても下種は所詮下種か。北郷も気の毒に」
突如割り込む声。
――内容が内容だけに、紫苑も錬も敵意むき出しに声のした方へと顔を向ける。
「――醜い」
そこにいたのは、1人の男だった。
ただし、氷を削って彫刻にした様な、冷たい印象を持つ整った顔立ち。
それが侮蔑する様な視線を、2人に向け吐き捨てる様にそう告げた。
「誰が下種で、誰が気の毒なのよ?」
「誰が醜いんだおいコラ! 美形だからっていい気になってんじゃ――」
「待て! 離れ――!!」
ズブっ!
「――がっ……!」
光一の制止する声
――と同時に、目の前にいた筈の男が掻き消えるかのように姿を消し……
何か生々しい音と、びちゃびちゃと言う水音が、2人の耳に入る。
頭に上った血が引いた2人は、恐る恐る後ろへと顔を向け――
「――え?」
目の前に広がる光景
――先ほどの男の手に握る大剣。
その足元に赤い水たまりがあり――その大剣の先に、串刺しにされた光一の姿が。
「残虐――情が混ざった時点で、半端でしかない」
「! 久遠さん?!」
「皆は修哉君達を連れて早く逃げて!!」
「でっ、ですが!」
「早く!!」
ひばりが怒鳴るような声で部下の契約者達に指示を飛ばし、銃を抜いて目の前で、光一を串刺しにしたままの大剣をかついでいる男――傲慢の契約者、大神白夜に向ける。
「ふんっ」
その弾丸は白夜が首をひねり、足半歩出して――全てが最低限の動きで、皮膚をかするかどうかの領域で全て回避。
弾切れになるとひばりは銃を投げ捨て、腰の双剣を抜き白夜に斬りかかる。
「――遅い」
ひばりの一閃が指で捕らえられ、もう一閃も捕らえた剣ごと握りしめる様に受け止め――へしおった。
「悲愴――悲しみを力にする者が、幸など望む物ではない」
「悲しいからこそ、幸がいるんです!」
折られた剣の柄を捨て、次は背に背負った新装備の棍を手にし、構える。
「――違うな。必要なのは幸ではない……力だ」
「やああああああああっ!!」
ひばりが棍に冷気の力を込め、先端を中心に水分を凍らせ、メイスの形に。
そのメイスに更に冷気の力を込め、殴りかかる。
「――甘い」
そのメイスを躊躇いもなく受け止め、握りしめ――
「かはっ……!?」
その瞬間、ひばりの腹部に激痛が走り、吐血。
――まず、白夜はメイスを握りしめ、押し返してメイスの柄をひばりの足に絡め、バランスを崩す。
握り締める手の皮膚が凍りつく前に離し、持つ場所を変えた後に棍でひばりをすくい上げ、手首を返して棍を回しひばりを引き込み――根を手放して、ひばりの腹部めがけて人差し指を突き出した形の拳を振るい、その人差し指をひばりの腹部に突き刺した。
全てがひばり自身が痛みを感じるまで認識できず、まだ残っていた者達も、まるで手品を見ているかのような早業が、片手で行われた。
それも、光一を串刺しにした大剣を片手で担いだままで
「――嘘、だろ? なんで、あんなあっさり……?」
「――それはそうですよ。だってあの人は……大罪の1人で大罪最強と名高い傲慢の契約者、大神白夜なのですから」
「傲慢って……今憤怒に攻め入ってる奴じゃねえか!」
「――それに傲慢って確か、あの正義の対の大罪じゃないか」
「正義のって、本当なの和人!? ――そんなのがなんで憤怒に攻め入るのよ!? 正義を攻めればいいじゃ……」
突如、紫苑だけでなくその場のほぼ全員が、息をする事すら忘れる様な強烈な殺意がその場に充満。
ただ1人、白夜だけがゆっくりと後ろを向き――。
「――遅かったな」
「…………」
「まっ、まずい! ボスが本気で怒ってる!!」
「早くこの場から――いえ、この町から離れないと!」
「誰か携帯持ってないか!? 早く連絡しろ!!」
その殺意の正体を知るや否や、下級契約者達は光一にひばりがやられた以上に動揺し――それを通り越し、恐慌状態となった。
憤怒の契約者、朝霧裕樹の本気の怒り――それを知るが故に。
「――どういうつもりか、聞かせてもらおうか?」
「次はお前の番だ」
ひばりをユウに向け、投げ捨てるように開放。
しかし光一は――
バキィンっ!!
「なっ!」
串刺しにした剣先の空間を叩き割り、そこに光一の身体を押しこみ――ひきぬき、空間が閉じた。
――光一の姿は、影も形も残らないままに。
「光一……君?」
「さて……」
ガキィンっ!!
大剣を回し、斬りかかるユウの焔群にぶつける。
「光一はどこにやった!?」
「二度と帰れない場所だ――運が良ければ帰れるかもな」
「ふざけるな! 今すぐ出せ!!」
「お前の番だと言った筈だ」
「――なん……だよ? 一体何が?」
「……わからない……わからないよ」
「光一……どこに行ったんだよ?」
「わからない……わよ。何が、どうなって……私達の、所為なの……?」




