第83話
下級系譜と言うランクは、最もランク内の実力のバラツキが大きい段階。
それこそ上級系譜に近い者から、下級契約者が背伸びした程度の者まで。
しかし――。
バキィンッ!!
あくまで近いだけであり、系譜以上のレベルの格差はそんなに甘い物ではない。
大罪、美徳と言う頂点、それに最も近い上級系譜が絶対に勝てないように。
「――はっ……はっ……」
下級系譜でも強い方と言っても、あくまで下級系譜。
上級系譜には、下級系譜では絶対に勝てない。
「もうやめろ。下級系譜でも強い方って言ったって、上級と下級の壁はそんな簡単な物じゃない。命を無駄にする事は――」
「九十九様と戦った者とは思えませんね――それとも、九十九様は命乞いでもなさいましたか?」
「――何?」
「――“加速跳躍”」
智香の姿がぶれると同時に、綾香に目の前にレイピアを突き出す智香が姿を現す。
その切っ先が綾香の胸を貫き――綾香の姿がぶれ、掻き消える。
「“幻想舞踏”……“瞬間移動”であたしに勝とうなんて、1000年早い」
彼女、冬野智香もまた、瞬間移動主体の契約者。
彼女の場合は、発動速度に重点を置いた“瞬間移動”と、自身の加速に重点を置いた“念動力”を組み合わせた、高速移動能力。
姿を現すと同時に、ふわっと軽やかなステップでありつつも、風が駆ける様なスピードで駆け綾香の幻影にレイピアを振るう。
「我等は正輝様の示す正しき世界を実現し、絶対の安寧な暮らしを実現する事こそが望み。それが叶わぬ世界で生きる気など、一切ありません」
「――そんなに欲望が……今の人って存在が、気に入らないのかよ」
「気に入らないのではありません。人はもう腐り果てていて、この先を見込めない――限界に達していると見てます」
「限界……? ふざけんな。そんなもんお前らが決める物じゃないだろ!」
「ふざけているのはそちらです。他人とは利用し、踏み躙る物。他人の失敗は嘲笑い、貶める物――そんな認識を持ち、人が人の成長を認めず、醜くある事を強い、それが何を齎すかを理解することを拒む世では、腐敗や理不尽こそあれど、成長も幸福も一切ない」
ふっと2人の姿が掻き消えた。
瞬間移動能力者同士の戦いは、基本的には高速戦闘。
如何に早く、如何に相手の先手を取るか、如何に相手を先回りするかにかかっている。
――しかし、それはあくまで同じ条件での話。
上級系譜である綾香と下級系譜の智香では。
「でやっ!」
「うっ――!」
あらゆる面において、勝ち目はない。
「何を見てそう思ったか。知らないあたしが偉そうな事言えるって、思ってやしないけど……でも、アンタ達のやってる事を認める訳にはいかない」
「そうやって目を背けるのですね。欲望で汚しつくしたなれの果てである今も、自分達が汚しきった命の価値を掲げるという図々しいことも無視し、正輝様が取られたなるべくしてなった方針だけを否定する」
「――汚れたなら洗うまでだし、アンタ達の“人なんて放っておいても勝手に生まれる”とかほざいて、ゴミ処理みたいな感覚で斬り捨てるやり方じゃ、いずれ人は人を殺す事に躊躇がなくなっちまうだろ」
「元々人は人を踏み躙り、自分の欲望を肥え太らせるしか頭にない、最低な存在でしょう--“百花繚乱”」
レイピアを握る腕に念動力による強化を施し、綾香めがけ腕が分身したかのような刺突の連撃を繰り出す。
スピードがあると同時に、一撃一撃がかなりの威力であるのに対し、綾香は刺突の連撃を双剣で受け流し、弾き、ガードし難なく対応。
「――貴女は瞬間移動能力者としては、トップクラスに位置する実力者である半面、攻撃手段は乏しい。そこが付け入る隙です」
「ったく、限界とか言ってる奴らしい寝言だな」
「寝言はそちらです。限界を認めず、在りもしない敵を延々と作り、踏み躙り続けようとする最低な存在を庇って、一体何になると言うのですか?」
「なら見せてやるよ――人はまだ捨てた者じゃないってな!」
ドゴォンッ!!1
「うわっ! ――宇宙兄!?」
「くっ……! ――正輝様!?」
会話の途中で鳴り響く轟音と同時に、襲い掛かる衝撃波。
綾香も智香も、慌ててガードの体制を取り――
「うっ、くっ……」
綾香との戦闘のダメージもあり、智香は膝を突く。
「おい、だい……」
「黙ってください。敵の施しなどうけません」
「東城博士といい、どうして正義の奴ってこう頑固なんだよ?」
「いい加減な事しか出来ない今の人と、同じ事してどうするんです」
「――どの道やり過ぎだ」
ぼやきつつ、これではもう戦いは無理だな。
そう判断し――綾香は正輝と宇宙が拳をぶつけ合い、吹き飛ばされる光景に目を向ける。
「――はっ……はっ……」
「――ふっ……ふっ……」
宇宙も正輝も、互いの己の肉体を武器に、能力を組み合わせ戦うタイプ。
衝撃と風――地と天を司り、美徳の2枚看板だった2人
「――はああああああっ!!」
既に宇宙は疲弊し、希望と怠惰の戦争に割り込めるほどの状態ではない。
しかし、戦意を失ってはいない宇宙は、正輝めがけて駆けだす。
「――ぬおおおおおおっ!!」
正輝も、この程度で宇宙が諦めるとは思っていない。
宇宙が駆けだすと同時に、地面に指を突き立て一薙ぎ。
腕の軌道の何倍もの土砂が巻き上がり、宇宙を呑みこむ勢いで襲いかかる。
「邪魔だっ!」
その破片も、宇宙が掌に風を集め、仰ぐようにそれを手放した。
解放された風が、ゴウッと爆発する様に狂風が吹き荒れ、土砂を吹き飛ばす。
「ちぃっ!」
正輝が拳を構え一歩踏み込む構えを取り、宇宙も飛び身体を捻り回し蹴りの体制を取る。
ガシィッ!!
「粘るな――まあ、ここで功績をあげれば」
「勘違いするな! 俺は名声が欲しい訳じゃない……へ」
「平和が欲しいんだ」
「――!」
「忘れたと思ったか? ――美徳の2枚看板として、お前と我が同じ志を持っていると信じた、合言葉の様な物を……だからこそ」
「「俺(我)は退けん!!」」
宇宙が飛びのき、右掌に風を集中させ突きの形を取る。
正輝もそれに対抗すべく、右腕に衝撃エネルギーを集中させ――
「“大地震”!」
「“風牙”!」




