第82話
「――くっだらねえな。否定できない物なんかどこにある?」
「ひっ、ひいっ!!?」
「やっ、やめろぉっ!!」
「肯定も否定も、所詮は過程でしかねえだろがよ!! ――“薔薇標の墓場”!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!!」
「おやおや、随分と派手にやらかしたものですね」
「…………(ふんっ)」
我夢と詠の眼前に広がる光景。
巨大な砂漠のバラで造られた十字架が、大量に立ちならび――それに拘束され、シバの能力の餌食となりミイラと化してなお息がある、大地の賛美者達。
「ひっ、ひゃあああああああぁぁっ……ぁっ……!?」
シバは砂を操り、自然災害の“干ばつ”を司る大罪
砂漠の理を力とする彼の操る砂は、全てを枯渇させ渇きを与える。
最後の1人の手首をつかみ――その腕から徐々に身体が干からび、骨と皮の無残な姿となったテロリスト。
それを解放し、ぱさりと力なく横たわるのを見届けると、シバはごちた。
「――さて、どうしたもんかね?」
突如引き起こされた、希望と怠惰の全面戦争。
更に正義が勇気と、誠実が憤怒と接触し交戦と言う大騒動。
特に北郷正輝と一条宇宙のぶつかり合いは、1度は決着がついたといえど、美徳最強と盟主の座をかけた場に立つ2人。
再び拳を交えると言う事態は、普通に大罪と美徳がぶつかり合う事態以上の動揺を、世に与えた。
「御影と北郷の布陣は、昴がしいたんだろうな」
「でしょうね。敗れたと言えど僅差である以上、“勇者”一条宇宙を止められるのは北郷さんしかいませんし、憤怒忍者軍の暗躍に対応できるのは誠実。その間に……でしょうね」
「…………」
『――でも妾達も迂闊には動けない。正義派閥の美徳が対のあんた達はともかく、妾の対は正義に否定的。ヘタに動けば、逆に美徳側を刺激しかねない』
「……流石にお前を責めはしねえが――同盟が裏目に出たな」
強欲、暴食、嫉妬が同盟を組んだ事は既に世の知るところとなっている。
故に、解消したとしてもその事実は、絶対について回る以上意味はない。
「……それで、どうしましょうかね?」
「――一応、調査には向かわせてある。流石に勇気・憤怒同盟程ほどじゃねえからか、情報は入って来てるよ」
「…………」
『――どうせ大地の賛美者の息のかかった派閥、あるいは』
「いや、違う――それが」
「――何の話をしている?」
突如割り込んだ声。
シバ、我夢、詠はそろってその声の主に目を向ける。
「――大神」
「久しぶりだな。武田シバ、明治我夢、陽炎詠」
傲慢の契約者、大神白夜。
「……いきなりですね」
「同胞――かつて共に、第三次世界大戦を止めた戦友に、会いに来ただけだ」
「――相変わらず、気まぐれなのか企みなのか、行動基準がわからん奴だがまあいい。お前には聞きたい事があったんだ」
「なんだ?」
「お前、なんで正義と勇気に攻撃を仕掛けた?」
世はテロ騒動と、正義の復活にしか目を向けていないが――
白夜が何を考え、時代そのものを動かしている2人に干渉したか。
――流れ次第で、時代どころか世界その物すら揺るがすのではないかと、シバは考えていた。
「時代を動かすに値するかどうかを確かめたかった」
「――それだけか?」
「ああ、それだけだ」
「……詠」
「…………『“弱者が時代の中心に立つなど許さん”。他はガードが堅過ぎて読み取れない』」
「――ああそうかい」
“精神感応”や“接触感応”は、高レベルの契約者が心を閉ざすと通用しない事がある。
しかし嫉妬の契約者、陽炎詠は最強の死霊使いであり、最強の精神系能力者。
普通なら心を閉ざした程度で、読み取れないことなどあり得ない。
「――随分と警戒しているようだな」
「当たり前だ。対として北郷と相対した事どころか、これまで際立った動きなんて1度としてとらなかったお前が、この時期に動いた――世間は上手く騙せたかもしれんが、オレ達はそうはいかん」
「すぐ考えればわかるだろうに。この世界で私が大罪として、北郷正輝の対として成すべき事など何もない事位」
シバ、我夢、詠が絶句するのにもかかわらず、白夜はシバにやられたテロリストが囚われている砂漠のバラが、咲き誇るかのように広がる光景に目を向ける。
「北郷なしでは平和の真似事どころか、人の皮を被る事すらもできない――そんなジレンマと呼ぶにはお粗末で、悲劇と呼ぶにもくだらない世で、何を成せと?」
「――きっついな」
「平和とは人の意思を尊重する物ではなく、平等を強いる物……自分本位の不平等しか頭にない人間には、絶対に不可能だ。人がそのままでいようとするなら、北郷の方針が必要とされ、一条の願いはかなう事はない」
「――それなら滑稽だな。自分たちを殺す北郷を肯定し、守る一条を否定するって」
「――弱さは罪。それだけの話だ……では、ジャマしたな」
「なんだ、もう帰るのかよ? もちっとゆっくりしてきゃ――って、もういねえし」




