第69話
「ふー……ごちそうさん」
「……もちっと女らしい態度とれよ。なんか今にもげっぷと屁でも出しそうな勢いだぞ」
「げっぷはともかく、屁はないだろ!」
「いや、全部否定しろよ!」
突っ込みどころ満載な会話を交えつつ、模擬戦をやった後は昼食。
「うーん……あたしも大剣とか、重量武器に」
「やめとけ。上級系譜なら、付け焼刃がどれほど危険かくらいわかるだろ? こういうのは、元からある物を突きつめて昇華、あるいは強化する方がいい」
「けど、あたしの“幻想舞踏”のベースは“瞬間移動”と“催眠能力”だぞ? 直接攻撃に……」
「直接攻撃に拘る必要ないよ。特に綾香の“幻想舞踏”ほどの力のベースになる位なら、な」
「?」
“催眠能力”
“精神感応”、あるいは特定の条件を通じ、相手の精神に暗示をかける能力。
綾香はこれと“瞬間移動”を組み合わせ、相手に“精神感応”と動作を条件にして虚像の幻を見せる暗示をかけつつ、瞬間移動と組み合わせてほぼ無敵の幻影能力を手に入れている。
――ただ、その分膨大な量の処理が必要となる為、負担は相当な物となる問題がある。
「ってのは、綾香も知ってるだろ?」
「そりゃ、自分の能力だから知ってるけど」
「“瞬間移動”と“催眠能力”、この2つが綾香の強みだから……“催眠能力”を起点に“幻想舞踏”にバリエーションを創るんだよ」
「バリエーション? ――そっか。精神攻撃でも人を殺す事は可能だから、扱いによってはヘタに攻撃力を求めるよりはずっと効率がいいか」
「えーっと、そうだな……」
…………
「流石光一だな。こういうセコい手段を考えさせたら、契約者1ってだけの事はある」
「せめて悪知恵にしてくれ!! ――まあいいか」
肩をすくめて、光一は端末を取り出しディスクを入れて起動
中にあったのは文章ファイルで、光一は一通り読み進めて――
「成程、宇宙さんも結局は同じ結論か」
「何が入ってたんだ?」
「これからの方針。ほかの大罪と同盟」
「無理だろ」
「組もうって……綾香が即決で肯定じゃなくて否定ってのは、初めてだな」
呆気にとられつつも、納得は出来る光一だった。
「けど、他に方法もないだろ?」
「……まあな。で、光一としては誰から行くつもりなんだ?」
「対の問題もあるから、暴食、怠惰、強欲のどれかから。俺としては、暴食からって考えてるけど……宇宙さんは強欲から行こうって」
「強欲って……シバさんか。まあ確かに、あの人敵にしたくないかな? ――あの人の戦闘後って、絶対ああなりたくないって残骸ばっかだからさ」
「この辺りは、相談した上でになるか……ただ、気になる情報も手に入ったしなあ」
そう言って、光一は机から1束の書類。
部下の憤怒忍者軍が集めた報告書を、ペラっとめくる。
「それは?」
「報告書――以前、強欲、嫉妬、暴食が集まって、連携取ろうとかって話をしてたって話があったけど」
「――この時期に、か?」
「ああ。最近になって、それから連絡取り合ってるらしい――内容まではつかめなかったが、連携取ってるのは間違いないから、接触するのは危ないかもしれない」
「考え過ぎじゃないか? 幾らなんでも、今妙な事企んで得する理由もないだろうし」
「数も問題だ。急な変化は必ず歪みを生みだすから、これが上手くいったとしても正義側がまず黙ってない」
正義自体が美徳最強であり、更には誠実、希望、知識と連携を取っている。
この3大罪との連携が取れたとして、その後戦争かそれに近い諍いが起こる事は、想像するまでもない。
「難しいな」
「それほど危ない状態で成り立ってるのが、今の世の均衡なんだ――だとしたら怠惰、とも思うけど、あそこもどうもきな臭い」
「――じゃあどうすんだよ?」
綾香の答えに応じず、光一は端末を操作。
受け取ったディスクを取り出し、電源を切り――
「とりあえず、ユウに伝えて相談した上で……になるかな?」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃなくても、何とかするしかないだろ」
「だよなあ……」
『悪の可能性を持った。人が死ぬ理由など、それで十分だ!!』
ふと、以前対峙した正義の上級系譜の男が、綾香の頭の中によぎった。
「……」
「? どうした?」
「――いや、正義がらみで嫌な事思い出しただけだ」
正義の上級系譜と相対して、感じたもの。
ゆるぎない信念、未来を信じて突き進む覚悟と気迫――そして、狂気。
「何があったかは知らないけど、何か思う所があったんなら考えた方がいいぞ」
「え?」
「勇気が俺達と同盟結んでるのは、正義の方針に代わる方針を軸にした秩序を打ち立てる為だろ? だったら、正義が何故狂気に駆られたかは絶対に理解するべきだろ。その問題に直面した際、勇気までああならない保証なんてどこにもないんだから」
「それ失礼だろ! 幾らなんでも宇宙兄にタカや部下たちが……」
「けど、正義は狂気に染まった」
ここでもう一度、綾香の脳裏に九十九の言葉がよぎった
――そして、その言葉を躊躇いもなく実行に移し……それに徹する為なら、自分の死すらも厭わない執念を通り越した気迫。
どう考えた所で、普通に至れるような結論ではないし、増してそれに命をかけられることなど……
「――そうだな。あんな事平然と出来る事自体が尋常じゃないし……よく考えよう」
「そうしてくれ」
「――犯罪が正義を狂気に駆りたて、その狂気があたし達と正義を対立させる……か。結局あたし等、何の為に戦ってるんだろ?」
「それも解決しなきゃいけないんだよ」




