第68話
北郷正輝と朝霧裕樹の激突の終結。
そして“知識”の契約者、天草昴の正義派閥支持の発表から、一週間が経過。
「おーい、光一!」
「ん? 綾香か」
場所は憤怒の詰め所。
今日は仕事の量もそんなに多くなかった為、さっさと終わらせて手持ち向沙汰になった所で、綾香が“瞬間移動”で姿を現した
綾香は契約者屈指の瞬間移動能力者。
移動、伝達の要として、勇気でも重宝されていた。
「パシリじゃねーか!」
「贅沢言うなよ。瞬間移動は難しくて扱える奴少ないんだから」
「――そりゃあ、まあ」
契約者の能力の中では、瞬間移動は最も難しい能力である。
量産型を扱う下級では空間を歪める程度であり、移動としての役割を果たせるのは系譜候補以上からである。
更に言えば、使いこなせるまでが難しいが、使いこなせれば幅広い応用も可能。
「けどなあ……」
綾香の顔色は優れない。
何せ、十八番ともいえる“幻想舞踏”が破られた際の、自分の脆さが露呈した事で、何か別の手札をが必要になった。
――が
契約者の能力は、ブレイカーに登録されているメイン能力と、後付けのサブ能力に分けられ、系譜格以上はそれを組み合わせたオリジナルの能力を持っている。
しかし、当然だが能力が増えれば増えるほど個々の威力、精度は落ちて行く為、その辺りを考慮する必要もある。
「だから、あたしも悩んでるんだよ。“幻想舞踏”の精度落とす訳にもいかないし、色々と課題あるんだよなあ」
「じゃあ、そのベースの“瞬間移動”と“催眠能力”で――って、用件はなんだよ?」
「あっ、そうだった。はいこれ」
綾香ははっと思い出したかのように、一枚のディスクを取り出し光一に手渡す。
「ん、ご苦労さん」
「一応、あたしの仕事はこれで終わりだから――光一、ちょっとあたしに付き合え」
「おいおい、鷹久と修羅場なんて御免だぞ」
「は?」
「――ああはいはい、この手の冗談通じないんだったな。準備するから待ってろ」
その数分後。
「手持ちはそれだけ?」
「ああ。ユウがこの前の戦いで“焔群”と“六連”5本へし折られたから、作りなおすついでに作ってもらった」
「――宇宙兄だって、接戦の末にへし折った一品だっていうのに」
「無駄口たたいてないで、気を引き締めろよ。真剣だぞ?」
「わかってるよ」
光一がユウの造った刀“紫電”を鞘から抜き、無造作に構える。
対する綾香も、腰にしている愛用の双剣を引き抜き、逆手に握って構えた。
「結構器用だよな、光一って」
「身体能力がダメだから、器用になるしかなかったんだ」
「だろうな――やああっ!」
綾香が踏み込み、駆けだした。
光一と違い、女性としては優れた身体能力を元々保有していただけあり、疾風のようにと言う表現に相応しい速度で駆け――。
「はあっ!」
間合いに入ると同時に逆手に持った双剣を、光一に向けて振るった。
「……」
見切った。
そう言わんばかりに光一は半歩身体を捻り、難なく回避し――。
「うわっ!」
体勢を崩した所を狙い、光一が刀を振り下ろす。
「あっ、あぶねー……」
“瞬間移動”を使い、何とか回避した綾香はほっと一息。
バヂバヂバヂバヂ--!
「っ!」
と思ったのもつかの間で、電撃が綾香めがけて襲いかかる
「“幻想舞踏”!」
続けて瞬間移動で回避し、光一の周囲を“催眠能力”、“瞬間移動”による虚像実像が取り囲む。
綾香の本体は絶えず“瞬間移動”で“催眠能力”の虚像と場所を入れ替え、その速度と精度は機械さえも騙せる程。
――更に言えば、この手の技の弱点である広範囲攻撃。
それすらも、最も遠くにいる虚像と位置を入れ替え、回避した上でまた虚像の群れを行き来する循環に戻る。
「行くぜ!」
無数の綾香が一斉に襲い掛かり、光一は周囲を見回しつつ身構える。
「はっ!」
「っと」
「よっ!」
ドカッ!!
「うっ!」
虚像達の陣形、配置、そしてコンビネーションによる時間差攻撃。
“催眠能力”で攻撃を虚像と誤認させる方法。
綾香は基礎戦闘能力と共に、それらを見直したうえで新しい幻惑法と陣形攻撃を編み出していた。
「そっちも遊んでたって訳じゃないか」
「そりゃそうだ」
「――そろそろいいか。ひばりに見つからんうちに」
光一は1つの小瓶を取り出し、くいっと飲み干す。
まずは手から徐々に肌が黒く変色し、やがて全身を覆い尽くし――頭に手と、見える個所を甲殻の様な物が包み、“凶雷獣”を展開した。
「さて……」
光一の切り札ともいえる能力“凶雷獣”
光一は“発電能力”と同時に、“元素操作”を扱える。
その元素操作で、身体に含まれる炭素を最高高度にした上で、大気中の炭素を集め甲殻とし、絶えず発電し続ける状態。
更には、普段の光一には出来ない“発電能力”と“元素操作”を組み合わせ放つ、レーザーもある。
しかし、この能力には欠点がある。
身体に含まれる元素を操作すれば激痛が走る為、痛み止めを服用した上でなければ使用する事が出来ず、また痛み止めの効力は20分の為、その間に身体を元の状態に戻さねばならない
「――くっそ」
凶雷獣を展開した光一を見て、綾香は苦虫をかみつぶした顔をした。
ダイヤモンドの硬度を持つ“凶雷獣”の甲殻どころか、肉体にダメージを与える攻撃力を、綾香は持ってはいない。
光一の身体能力と重量がない分、あの硬度を持ってしても直接攻撃にはならないのが救いだが……。
「……参った」
“幻想舞踏”での疲労を押してでも……
と言える様な術は見つからず、結果負けを認める事にした。
「――“紫電”の扱いの練習にはならなかったけど、綾香も成長してんな」
「あたしだって遊んでた訳じゃねーぞ……ただ、やっぱ攻撃力が問題かあ」
「まあその辺りは頑張れ……としか言えないな」
甲殻を分解し、肌を徐々に元の色へと戻しつつ、光一は諭すようにそう告げた。
「そういや、ひばりは?」
「ああ、あの赤ん坊の里親が見つかったから、会いに行ってるよ」
「ふーん。なんだよ、結局お母さんにはならなかったのか」
「ひばりがそう決めたんなら、そうするしかないさ。まあ連絡とって、時折会いに行く位はするだろうしね」
「なら良いけど……」
「それでは、よろしくお願いします」
「ええ。ではこの子は、私たちが責任を持って」
「あ~……?」
「ばいばい」




