第66話
憤怒と正義の激突
真相は伏せられた上での世間への報道は、当然波紋を呼んだ。
結果としては、双方相打ちに終わったものの――
北郷正輝を失う事がどういう事かが露呈したばかりでの事ともあり、憤怒への否定的な声こそ幸いなかった物の、世には不安が充満していた。
「――結局、不安を呼びこむ結果になっちゃったね」
「仕方ないさ。全面戦争になる事を考えれば、まだ軽い被害だし……正義側に狂信者がいるとわかった事は大きな収穫だしな」
「……狂信者、かあ」
契約者、それも上位に位置する限られた存在として、幾度となくテロリストや犯罪契約者と相対し、捕らえてきた身であるひばりにもあまり馴染みはない言葉だった。
大地の賛美者は、契約者排斥の為の宗教団体であっても、大抵が契約者をバケモノと認識している為に狂信者とは言い難い。
犯罪契約者にしても、そう言う契約者は大抵が下級の負の契約者側――簡単な欲に流されて契約者の力を振るう故に、大抵子供みたいな輩が多い。
「美徳側の上級系譜として機能していた以上、意思が強過ぎるからこその暴走。反逆や感情任せでの暴走なら、処分されてる筈だし――目を背けるなよ、ひばり」
「――え?」
「そういう物で成り立ってるのが、今の世界の秩序なんだから。俺達がやってるのはその秩序を壊す為、じゃなくて変える為の同盟――それを自覚した上で、見据えなきゃならない問題の1つだ」
「――そうだね。うん……それで、これからどうする?」
彼らのリーダー、朝霧裕樹は正輝との交戦による負傷が酷く、現在は自宅で眠っている。
元々の高い自己治癒力を有しているとはいえ、契約者最強の攻撃力の最強の一撃を頭に受け、その後さらに無理を重ね――それが追いつかない状態。
「どうするも何も――こうなった以上、正義の方針を無理に否定する動きを見せれば、世の反感を買うだけだし、方針もまだ定まってない状態だからなあ……なら今は正義の方針を出来る限り緩和させるしかないだろ」
「緩和……かあ。まあ、現状それが妥当だよね。今回誠実の凪さんと希望の王牙さんが出張ったって話だから、2人が黙ってないだろうから」
「反対意見については、それを利用した上で理解させるとして……具体的な案は、宇宙さん達交えたうえで出すとして、やっぱり他の大罪との同盟も必要だろうな」
そもそも、正輝は宇宙を破ったことで7人――宇宙が抜けて実質6人――の美徳の盟主の座についている。
慈愛と友情は正義の方針には批判的だが、全面戦争となると流石に美徳として立たねばならないし、ただでさえ勇者と謳われる宇宙が抜けた穴は大きいと言うのに、これ以上美徳側のバランスが崩れればそのまま犯罪契約者の暴走に繋がりかねない。
――結論で言えば否定的と言えど逆らえないし、正輝が多くの犠牲をだしたとはいえ正当な経緯で盟主の座についた以上、否定も出来ない。
「他の大罪かあ……じゃあ妥当な所で」
「待てひばり。誰でも良いって訳じゃない」
「え?」
「対の問題があるだろ? 慈愛と友情は契約条件上では、正義の方針に批判的なのは周知の事だから、俺達の所為で力尽くでの――何て事になりかねないだろ
「あっ、そっか」
「まずは正義派閥側の対にしてる大罪の強欲、暴食、怠惰から――ただ、上手くいくかどうかはわからんがな」
同盟を組み事に当たる美徳と違い、基本的に大罪には横のつながりはない。
更に言えば、全員が一筋縄ではいかないクセ者揃いであり、大罪が集合した場に居合わせた誰もが、このメンバーが一丸となることなどあり得ないと口をそろえるほど。
――それをまとめ上げている事が、首相の影響力の強さの1つともいえるほどに。
「接触はまず、ある程度話が通じる暴食から、かな? ――ひばり」
「うん、おもてなしの料理は作るけど……」
「わかってるよ。ナワバリ中から腕利きの料理人集めておくから」
暴食の契約者、明治我夢。
彼の食事は基本人が食べる量をはるかに上回っており、料理人は千人体制であるとまで噂をされているほど。
「んで、強欲に怠惰……の後に、色欲と嫉妬だな」
「あー……月さんと、詠さんだよね?」
「月自体は問題はないし――詠さんとの対応時には、ひばりは離れてていいから」
契約者社会においては、死霊の存在は確立されている。
その為か、契約者にはシャーマンやネクロマンサーなどと呼ばれる、死霊使いというカテゴリの能力も存在する。
嫉妬の契約者、陽炎詠は精神系攻撃において契約者最強であり、その死霊能力の頂点に立つ契約者
更に言えば、他の女性の美徳や大罪と違い、自分だけが発育の悪い事がコンプレックスであり、大の巨乳嫌いとしても有名である。
「――そうする」
――故に詠はひばりが大嫌いであり、ひばりも詠が苦手だった。
「--ただ、これでも現状を壊しかねない危険な手段である事には、変わりはない」
「うん……そうなると、知識に希望、誠実は黙ってないよね--あたし達が選んだのは、そう言う道である以上覚悟は出来てるよ」
「――なら、後はユウに話してから許可をもらって、勇気に提案だな」
そう言って、光一は草案をまとめるべく、パソコンに向かい始めた。
「――ねえ、光一君」
「ん?」
「――えっと……傲慢はどうするの?」
「どうもしないよ」
憤怒の組織での暗黙の了解。
その1つに、久遠光一の前で傲慢に関する話題を決して出さない事――と言うのがある。
「でもさ……」
「何故正義と接触し、宇宙さんと接触してこんな事態を引き起こしたのか――その目的がわからない以上、俺は傲慢と接触することに賛成出来ない」
別に怒鳴り散らしたり、暴れたりする訳ではない。
実際いい分も組織の参謀としては、妥当ないい分である為、深く追求は出来ない。
更に言えば――
「でも、お兄さんなのに――」
「俺は久遠光一だ」
光一と傲慢の契約者、大神白夜が兄弟である事を知っているのは、この世界では朝霧裕樹と支倉ひばり、そして技術班長来島アキのみ。
そして、光一の久遠の名前が過去を捨てる為の名である事を知っているのも、同様。
「心配しなくても、市場も何もない組織の参謀としての意見だよこれは」
「……」
「うぇええええええっ!」
「--! ほら、呼んでるぞ」
「あっ、うん」




