閑話 絶望と無の境界線(後篇)
「――大半が気に入らないですが、それを抜きにすればとても参考になる数々ですね」
「それはそうさ。僕の技術は基本的に正輝様の正義の為に悪を、今は人間に不幸と苦痛を与える“殺す為”の物だから。“生かす為”の君とは合わなくて当然だよ」
アキと太助の会話は、技術者としての会話。
互いにある程度の技術――アキは量産型クエイク、太助はブレイブトレースを提示し、それについての談義
「――サイボーグについては門外ですが、この四肢に使われてる技術を使えばクエイクは出力はそのままでの軽量化が図れますし、より柔軟なモーションも可能になるやも」
「こんな高出力を制御しつつ、ここまでの高度な自己判断を可能にしてる人工知能って言うのは、確かにすごいね。そっか、こうすればよかったんだ」
「ですが――」
「ん? ああ、それは……」
アキも太助も、時間を忘れ話に夢中になり――
「――ああ、もうこんな時間か」
「随分と話しこんでしまいましたね」
「では、そろそろ――の前に、1つ良いかな?」
「なんです?」
「君にとっての命って、一体何? ――感情と過去を、僕達頭脳系契約者に匹敵する処理機能と引き換えに失った、人為的な超人である君にとって」
「ご存知でしたか」
「ずっと探してたし、出来る事なら僕の手で救いたかったからね。だからこそ、生かす為の技術にこだわる事がわからない」
そう言われて、アキの脳裏に浮かんだ事。
それは――
「命の尊さを実感したからですよ。そうして絶望から希望が生まれた場面を見てますから」
「――そう」
「……だからこそ、私は命を剪定する北郷さんのやり方も、東城さんのやり方も賛同は出来ません。貴方達と私の間に、何があろうと決して」
「――簡単に、か。別に正輝様だって、好き好んでやってた訳じゃないんだけどね」
自嘲気味に、太助はそう呟いた。
「そもそもこの世界が崩壊した後もする前も、その命を尊重できるヤツって、一体どれだけいたのかな?」
「全くいませんね」
「うん。どいつもこいつも、身勝手に走った上に人の命を踏み躙って、罰すれば逆恨みでその家族諸共惨殺される事が普通にあった――正輝様がそれを変えるべく立ちあがるまで、一体どれだけの血が流れた事か」
「そのやり方で流れた血も、相当な量でしょう。褒められた物ではありません」
「問題なのは正義のやり方じゃなくて、そうしなきゃ抑えられない秩序の方だと思うけどね――本当に命が大事なら、それを言い訳に使った罵倒じゃなくて、それを順守した秩序を齎せる未来を提示するべきだと思うんだけど」
「否定はできませんね――ですが」
『へえっ、これ君が造ったのか』
『ええ――出来る事なら、もっと平和活用できる物が造りたいのですが』
『そうしたいな――そんな曖昧な事しか言えないんじゃ、俺も大概情けない』
『――情けなくても、やろうとしないよりはいいですよ』
『貴方が、来島アキさん?』
『そうですが――ああっ、貴方が一条宇佐美さんですか?』
『はい。二代目勇気の契約者、一条宇佐美です。兄がよくお世話になってたそうなので、ぜひお礼を言いたくて』
『――そうですか』
「その未来を提示しようとした人、その遺志を継いでその未来を実現しようとしている人を、私は知っています。全てが貴方の言う様な人ばかりではありませんよ」
「そうだね――けど、君の言う人間を踏み躙ろうとする人間だって確実に存在するし、この荒れ果てた世界だって所詮は問題を無視し続けた結果でしかない」
「そうですね。ですがそれでも未来を信じる人間がいるなら、補佐するのが私の役目です」
「それに嘘偽りがないなら……命を言い訳にしたくないのなら、覚えておきなよ。正輝様が見据え続けていた問題を見据え、解決しない限りは僕を否定したその先も同じさ――それを無視する為の言い訳の道具として命を使って、最善の選択を踏み躙った最低な存在として、延々と世界を壊し、滅ぶのさ――最低な存在のレッテルの下に」
「――肝に銘じておきますよ。命を言い訳に……なんて、流石に冗談じゃありません」
そう言われた太助はにこりと笑って、1枚のディスクを取り出し――アキに差し出した。
「これは?」
「僕がこれまで研究して来た、機械技術に医療に合成獣、サイボーグ義肢――その全てがこれに入ってる」
「何故私に?」
「もう僕には必要ない。それに君が未来を提示できず、つまらない事を言うようなら渡すつもりなんてなかったさ」
「私は未来何て見据えてませんよ」
「いらないなら捨てていい。もうそれは君の物だから」
そう言って、太助は破り取った人工培養皮膚を貼りつけ――
「充実した時間、ありがとうございました」
「うん、僕も……すべてを失い、人にも未来にも世界にも絶望してから、初めて充実した時間が過ごせた気がするよ」
「そうですか」
「ははっ。最後まで君は君だね……さよなら」
その場から去って行った。
「……命を言い訳に」
振りかえる訳でもなく、アキはディスクを備え付けの端末にセットし、中のファイルを閲覧し始めた。
「――人への絶望……どうしたんでしょうね、私は?」
既に人としては会えない男の言葉――それが延々と脳裏に響く中で
――次の日。
「おはようございます、班長。本日は――あれ?」
「ああ、おはようございます。どうしました?」
「いえ、班長が本読んでる所、初めて見たなあって――え? それ、医学書?」
「ええ。次の量産型クエイク開発プランは、医療福祉ロボットとして進めようと思いまして、医療的な観点がほしくなったので」
「でもそれなら――」
「いいえ、これは私自身でやりたいので」




