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閑話 絶望と無の境界線(中篇)

ピュアプラントと言う施設がある。


ここは世界崩壊後、慈愛と色欲の水と植物の技術。

その両方を生かし、植物性食料生産施設として建設された、正負共同事業の一環。


世界崩壊に伴い、深刻な問題となっている食糧不足。

植物性方面からの解決策でもあり、世界の多くが注目する最重要施設である。


――その分、テロの標的として日々脅威に晒されており、警備体制は厳重を極めていた。


「――巡回ルートは以上ですね。次に……」


その警備体制の総責任者を務めるのは、憤怒の技術班長来島アキ。


警備ロボット、警備システムおよびその管制のプログラミングを一手に引き受ける、憤怒自慢の技術者である。


「ふぅっ……さて、本日の業務はこれで終了ですね。では量産型クエイクの動作プログラムの改良を」

「班長、本日はもうお休みに……」

「――いいえ。世界崩壊以降ゲームどころではありませんから、仕事だけが楽しみなんです」

「そうおっしゃらないでください。班長が仕事に没頭し過ぎないよう、支倉さんに頼まれてるんですから」


来島アキにとって、世界崩壊以降は仕事だけが楽しみとなっていた。


そもそも娯楽と言うのは、平和な世界において発達する物。

様々な問題を抱えている現状では、ゲームなんてもってのほかである。


更に言えば、世界崩壊で無事だった施設や機械類を元に、何とか最低限の環境を整えている状況である。

――来島アキの悩みは、まだまだ絶えない。


「わかりました。では少々仮眠をとりますので、私はこれで」


ピュアプラントには、研究員用の仮眠室や来賓用の客室も備え付けてある。

特にアキはセキュリティ面や技術面での重要人物の為、専用の個室を与えられていた


――その個室前


「――早く平和になって、ゆっくりゲームができる世になって欲しいのですが」


指紋照合をパスし、ドアが開き――


「あっ、来島さん」


中には、清掃業のツナギを着た若い男が、床にウォッシャーをかけていた。

電源を切り、帽子を取ってぺこりと頭を下げる。


「すみません、今日来訪するとは聞いてはいたのですが……」

「――そうですか」


ドアが閉まり、アキは――


「――それで、用件はなんですか? 東城太助さん……いえ、魔王様とでもお呼びしましょうか?」

「……なんだ、気付いてたの?」


淡々とそう告げた途端、清掃員の男はあっけらかんとした態度へとあっさりと変貌。


「当然でしょう? ピュアプラントの警備システム、わざとらしく私にしか分からない程度で、侵入された形跡がありましたから。私のシステムに侵入できる程で、こんな手段を取らなければならない技術者など、1人しかいないでしょう?」

「――だろうね。あれは手間がかかったよ……システムの書き換えは出来ても、態々こんな処理をしなきゃならなかった位だもんね」


男は顔に手をかけ、ベリベリと無機物とは思えない皮膚を破る。

髪から手、服の中までコーティングされているのか、ご丁寧に手と頭まるごとのコーティングを、袖と襟の個所で破り取った。


更に口に手を入れて、かちりと薄い入れ歯の様な物を外し、目からはコンタクトも取り出して……。


「――人工培養皮膚を造って全身コーティングした上に、特殊コンタクトに入れ歯を用意して、そのデータをクラッキングで登録して、と……準備するの大変だったんだよ」

「――流石、機械工学だけでなく医学に生物学、合成獣キメラ学と、私と違い幅広く精通しているだけありますね。そこまでして、なぜわざわざ私に会いに来たのです?」

「いや、そこは感心する場面じゃなくて、普通誰か呼ばないかな?」

「貴方の事ですから、何かあれば即座に“四凶”のどれかあるいは全てが、ここを襲撃する様にしてあるのでしょう? ――ご丁寧に、この部屋の警備システムは全カットしてあるようですし、ここまでしておきながら連れ去らないと言う事は、話があると言う事だと思ったのですが」


太助はアキがそう述べると同時に、うっすらと笑みを浮かべた。


「――最後に、話をしたかったのさ。来島アキとしての君とね」

「来島アキとしての私とですか。ですが私は……」

「うん。一応、理解はしてるよ。僕とマー君――正輝様の幼馴染として、一緒にいた君は……僕が初めて好きになった女の子は、もういないって事くらいはね」

「そうですか。まあ私にはどうでもいい事ですが」

「うん。そういう反応は予想してたし、僕も来島アキとしての君には技術者としての敬意だけで、そう言う感情は抱いてない。ただ、せめて最後に人として君と接したかったんだ――魔王として、魔道に堕ちる前にね」


契約者社会の魔王

それが今の東城太助の肩書であり――アキの立場上では、敵に当たる。


しかし、アキとしては太助に対し、嫌悪感は抱かなかった、

寧ろ技術者としての技術も知識も優れているが故に、同じ技術者として行為を持ち敬意を払っている位。


「私としては貴方ほどの技術者とならかまいませんが、何故今なのです?」

「――知ってるだろ? 僕が開発したブレイブシリーズの事」

「優れた生体兵器である事は認めますが、個人として許容は出来ませんね。命を軽んじる技術自体私は嫌いですし、一条さんを慕っていた夏目さんに吉田さん、妹である宇佐美さんも随分と怒ってましたから」

「そっか――ならさっさと首を差し出してれば、もっと楽に死ねたかもしれないね……」


自嘲気味に呟いたその顔には、深い悲愴が刻まれていた。

更に言えば、瞳には今にも涙があふれ出そうな勢いである。


「それで、一体何故今なのです?」

「あっさりだね……まあ、同情されるの嫌だからいいけど。ちょっと正輝様の正義を歪んで使おうとした奴等に、よってたかっていじめられて罵倒されて、閉じ込められちゃって――大量虐殺が可能な合成獣キメラの開発を強いられちゃってさ」


幾ら系譜と言えど、太助は頭脳系契約者

下級契約者は系譜に勝てないとは、あくまで武闘派としての観点。


頭脳系相手ならば、下級でも人数を揃えれば捕らえる事は難しくはあるが、決して不可能ではない。


「――ちょっとかゆいな」


そう言って、胸元を開き皮膚をはぎとったその下。

そこには古い物から新しい物まで、無数の傷が幾つも刻まれていた。


良く見ると掌も、ナイフで刺された様な傷跡から、銃創まで刻まれている。

無傷なのは、顔くらいだった


「ぞんざいな扱いを受けていた様ですが、それで今と言う事ですか?」

「ん? ――ああ、これ? この前までのから、第三次世界大戦終結時の間もないころに、マー……正輝様の幼馴染ってだけで虐待された揚句、父さんに母さんまで殺された時の物まで、色々とあるね――流石に見苦しいのは嫌だから、顔は治したけど」

「それが出来るなら、身体も直したらどうです? 貴方にとっては、忌々しい記憶その物だと思うのですが」

「いらないよ。僕は僕の受けた仕打ちなんてどうでもいいし、古傷の方は“正義の鉄槌鍛冶”だった頃に割り切ってるよ。正輝様の指し示す未来を私怨で壊したくはなかったし、人が悔い改めるんなら許すつもりだった――裏切られた揚句、人の求める平和なんてこういうのから眼を背けた、身勝手な偽善だって思い知らされたけどね」


そう呟いた太助の顔は、ぬぼーっとしたいつもの雰囲気ではなかった。

日向ぼっこをしながら寝転がってる猫がいつもの太助なら、こちらは極寒の中で獲物を求める狼の様な物。


「まあ、そう言う事だよ」

「では少々待ってください、水の一杯でもだしますので」

「いらない」

「何もしませんよ」


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