第63話
空は月の浮かぶ夜があけ、朝日が姿を現し始める時分。
「……っ……っ……」
「…………」
正輝の最強の攻撃をまともに顔面で受け、炎熱の自己治癒ですら漸く膝をつける状態にするのがやっと、
“焔群”同様にへし折られた“六連”の残った1本を杖にし、地面に寝かせる形で斬城剣を持つユウ。
片や、体中からブスブスと煙をあげ、元々岩の様な身体の大部分が焼けただれている上に刀傷が刻まれ、身体に残る熱に体力を削られ続ける正輝。
「何て奴だよ――俺の刀、殆どへし折りやがった」
杖にしていた“六連”を鞘に納め、所々斧の様な刃は欠けている上に、ユウのトランスに耐えきれなかった背のブースターもボロボロの斬城剣の柄を、ユウは両手でぐっとにぎりしめる。
「――我が拳は正義の鉄槌。この拳に砕けぬ不浄など、ありはせん」
人差し指と中指の間の付け根から、手首までを斬り裂かれた右拳。
掌にマグマで焼かれた火傷に加え、刻まれた刀傷からポタポタと鮮血が滴り落ちる左拳を握りしめ、鮮血滴り落ちる両拳から走る激痛に顔をゆがめる事も無く、正輝は構えを取る。
「――俺とて負の勇者と謳われてんだ。勇者と呼ばれる者の底力、見せてやる!!」
「ぬかせ!! 貴様こそ勇者など正義の副産物にすぎんと思いしれ!!」
力を振り絞り、2人は駆けだす。
片や、人の背丈を大きく超えた剣を振るい、片や既にボロボロの拳を振るい、互いに激突――
ガギィっ!! ガァンっ!!
「――!?」
「何……!?」
は、突如現れた何かに遮られた。
形は鹿で、顔は龍に似ていて、牛の尾と馬の蹄、頭に角を持つ“麒麟”
山を思わせるような風貌の甲羅を持つ、“霊亀”
ユウの斬城剣は、麒麟の角に受け止められ――
正輝の拳は、霊亀の甲羅で防がれていた。
現在の合成獣技術では、弱っていると言えど大罪、美徳の攻撃を遮るなど不可能。
更に言えば、2体とも生物としての実体を持たないことから、2人は思念獣である事を認識し――
「そこまでにしておけ」
ユウと正輝が振り返ったその先には、予想通りの人物が立っていた。
魔法使いのローブを思わせる、フードつきのロングコートで全身を覆い、顔もフードで覆い隠されている。
他に露出しているのは、全ての指に幾何学的な形の指輪を着け、同様に幾何学的な文様のタトゥーがほられている手のみで、どことなく怪しげな雰囲気を纏う男。
美徳の一角“誠実”の契約者、御影凪
「流石に、マグマと地震の激突はすさまじいな……こんな荒れ果てた地面、初めて見た」
3mはありそうな体躯。
合成獣と思われる銀色の毛皮のジャケットに、ダメージ加工を施したのジーンズをはき、爪を模した銀の小手を嵌めた手に握られているのは、身体の2倍はある巨大な斧。
一本線の切り傷が走る、凄味を与える顔の瞳に強い意思の湛えられた男。
同じく美徳の一角“希望”の契約者、鳴神王牙
「――新手か?」
勇気と正義の対立する美徳の中では、この2人は正義より。
勇気よりの考えの慈愛と友情ならまだしも、対決は避けられない可能性の方が--。
「待ちなさい、ユウ君」
強固な鱗を纏い、長い身体を鎧の様にして“ある人物”に巻きついている応竜。
その応竜に守られている人物――
「――! 首相!!?」
「何故、こちらに!!?」
政府首相、井上弥生の姿に流石のユウも正輝も、驚きを隠せなかった。
「今回の事は、私の責任でもあるからね。子供達にそんな事をさせておきながら、安全な所で経過だけ聞いておしまい、と言う訳にはいかないでしょう?」
「子供扱いやめてくださいよ、いい加減」
「私から見れば、まだまだ子供よ」
――何も言えなくなった2人は、ため息をついた。
基本的に大罪、美徳は首相には逆らえないし、逆らいたくない。
「――よしよし、大丈夫か?」
その後ろでは、凪が思念獣に駆け寄り、ユウの斬撃で角が折れかけている麒麟
正輝の打撃で甲羅に大きな陥没とヒビが入っている霊亀の頭を、優しく撫で始めた。
「――首相の前で戦う訳にはいかないな……今回はここまでだ」
「――我も異存はない」
「ただし、あいつの処分はここでやってもらうぞ」
と言って、ユウは拘束されているこの騒動の主犯、椎名九十九に目を向ける。
ユウとしては街を攻撃された事もあり、正輝がきちんと目の前で処分を施さなければ、納得は出来ない。
そんなユウに構う事はなく、正輝は拳を握りしめ躊躇も悲哀も何1つ感じさせない動作のまま、九十九に歩み寄り――
現状でも上級系譜なら一撃で殺せるだけの力はあり、無言で拳を振り上げ――
「待ちなさい、正輝君。その子の処分、私が受け持ちます」
「はっ? ――待ってください首相、幾ら首相でもこればっかりは……」
「言ったでしょう、ユウ君? 今回は私の不注意が招いた事だから、九十九君には謝らなければならないことや、理解して欲しい事はたくさんあるの――勿論処分は受けて貰う」
「その処分は、俺が納得いくものである保証はしてもらえますか?」
「契約者社会の母として、子供に嘘をつくようでは母失格。勿論処分は下す前に連絡するから」
釈然とはしない物の矛を収めざるを得なくなり、ユウは引き下がった。
「北郷、今回の一件についてしっかりと話しあいたい」
「――そうだな。上級系譜の暴走で全面戦争が起きかけたなど、お前を支持する側として、ワシらも黙る訳にはいかん」
凪と王牙は、正義の方針を支持する側。
しかし今回は全面戦争の引き金になるどころか、ヘタをすれば一般人と契約者の間柄にも亀裂を入れかねない、危険な案件。
納得のいく理由が提示されないようでは、凪としても王牙としても困る。
誠実のナワバリは魔術都市
媒介を使用し、魔術という形で能力を発動させ、特に占いの形を取った予知能力で多岐にわたって世に貢献している
――しかし“正直者は馬鹿を見る”
その能力を利用しようとする、黒い噂を持つ金の亡者に負の契約者達。
それらの格好の的となっており、誠実の傘下契約者達は事あるごとに詐欺や誘拐、恐喝に襲撃と、欲望のはけ口として危険にさらされ続けている。
故に凪は、宇宙の理解ではなく、正輝の正しさを選んだ。
真面目さゆえに、散々欲望の危険性に晒された誠実の傘下達を守るためには、正輝の指し示す正しき世界が必要――そう判断した上で。
それに対し、王牙はそうではない。
正輝の方針は、基本的には悪と判断される要素が見つかった場合のみ、動きだす。
憤怒のナワバリを攻めた事も、妹の裕香を人質に取られたとはいえ、勇気と同盟を結んでおきながらそれを裏切り、攻撃を仕掛けたが故。
――妹を人質に取られた事を差し引いた場合、憤怒が同盟を利用し勇気に攻め入るという状況が確立されていた、という事実もある。
正輝の方針は、命を必要以上に奪ってはいる物の、間違ってはいない。
そこを理解した上で、王牙は正輝の方針に賛同した。
――願わくば正輝の正義を必要としない、正輝が考えを改めてくれる様な流れとなってくれる事を。
こう信じ、正輝を始めとする美徳達と共に創る、希望と平和に満ちた未来を夢見た上で
……しかし世はそんな王牙の願いを、ひたすらに裏切り続けていた。
横行する契約者犯罪や、大地の賛美者を始めとする反契約者団体によるテロ、更に正輝が重傷を負った事による混乱。
正輝の方針を必要なくするどころか、逆に必要とする事ばかりが立て続けに起こり続け……既に個人の願い以上に、組織の長としての役目を強く意識せねばならなくなった。
頂点の一角としても、一組織とナワバリを預かる身としても……自身の傘下達や庇護下にある者達を、絶望させる事だけは出来ない。
「――希望の契約者が、聞いてあきれる」
「お前はまだ良い――こちらはそれしか選択肢がない」
「……すまん」
「――いや、こちらも」
――そして、その時点から一日が過ぎ……
朝霧裕樹の耳に、首相からの連絡が届いた。
『椎名九十九君は“ヘルオンアース”へと投獄いたします』




