第60話
「いかがですか?」
技術班長、来島アキ。
憤怒の詰め所にて、開発した新装備の説明のため出向いていた。
「棒術なんてやった事ないけど、何とかやってみるよ」
その1つ、憤怒で開発した新合金で造った、ひばりの身長の少し上位の棍。
軽く手で回し、テレビでかじった程度の見よう見まねのカンフーの様な動きをして、ポーズを取って――
「ちょっと変わった踊りにしか見えないな――お遊戯とかそんな感じの」
「光一君?」
「で、ユウのはどんなかな?」
「あぶ~」
手持ち向沙汰の光一は、赤ん坊をあやしつつさらりと流し、ユウの新しい武器に――。
正確には、それを積んでいる大型トラックの、まるで大きな装置か何かを運ぶようなサイズの開かれたコンテナに目を向ける。
「話には聞いてたけど、あの中に一本だけ?」
「“斬城剣”ですよ? 名前負けしては意味ないでしょう」
「そりゃそうだが……」
ユウの立ち会う前で作業員が忙しく駆け回り、コンテナのカギを外し--機械操作で、コンテナが開かれる
その中に鎮座している、全長6mはある背にブースターの取り付けられ、斧の様な重厚な刃を輝かせる、巨大な刀。
飾りではなく、正真正銘の戦いのための武具としては、破格過ぎる巨大サイズで。
「明らかに“契約者”だからこそ振るえるバケモノだよな」
「それはそうでしょう。人間で言うバケモノは、分厚い甲冑ごと敵を叩き潰す為に大型化されたフランベルジェやクレイモアと言った、人の身長の範囲内のサイズですから」
「――これもある意味そうだろ。甲冑ごと敵を文字通り叩き潰せるんだから。サイズが明らかに違うけど」
「単位もです」
光一とアキが話している視線の先で、ユウはコンテナに飛び乗り剣の柄に手をかけ――
パワードスーツ2体で積み上げたその剣を、天を薙ぐかのように持ちあげた。
日の光に照らされ剣がきらりと輝き、刃は日当たり加減が変わった所為かより重厚な存在感を醸し出し始める。
「では、私は説明に入りますのでこれで」
「はーい」
「うっ……えぐっ……」
「ん? えーっと、おむつ? それともミルク? ……ああ、よしよし泣かないでね」
パワードスーツの群れにも物怖じしない男が、ぐずる赤ん坊をあやし、ひばりが見かねて駆けよるのをしり目に――。
「斬城剣に搭載したクエイクの稼働データをもとに改良した推進ブースターと、ユウさんの能力を考慮し新機構の火力発電機構を搭載しました」
「ふーん。で、それってどうやればいい?」
「柄を握って、マグマを出すだけでいいです。そうすれば――って待ってください! 新型ブースターの出力は!!」
ゴ--っ!!
「こりゃ結構重いな……えっと、なに?」
「――注意事項に意味がないなんて初めてですよ」
「え? ……ああっ、そう言う事?」
注意事項であるブースターのパワー。
出力に気をつけないと、振り回されかねない――という注意があったのだが、彼自身がそれをモノともしてない事に、アキは逆に呆れのため息をついた。
「にしても、こりゃいいな。気に入った」
「ココで振り回さないでくださいね」
「はいはい」
ヴィーっ! ヴィーっ!
「? 誰から――!?」
携帯のバイブ音がなり、ユウは剣をゆっくりと固定していた荷台に置き、携帯を取り出す。
液晶画面に表示されている着信先を見て――ユウは表情を変えた。
「――はいもしもし?」
――時はさかのぼり。
「反対です」
場所は正義城。
上級系譜である椎名九十九、クラウス・マクガイア。
そして技術班長東城太助を始めとする、正義の組織の重鎮が一堂に会する場で――
上級系譜、椎名九十九が真っ先にそう告げた。
「――それはなぜかしら?」
政府首相、井上弥生は淡々とそう聞き返した。
普段の人のいいおばさんではない、政府首相としての雰囲気を纏った上で。
「正義の方針が可決された際、政府により全ての負の契約者の身元を調査し、問題がなければ政府の庇護下に置くなど。そんな事だからいつまで経っても犯罪はなくならないのです!」
「まだ草案だけよ。確かに犯罪を犯す契約者の分類は負だけど、大罪の様に社会的な活動を主とする負の契約者だっているのよ? ――全てを否定する理由にはならないわ」
「なります。欲望を力とする邪悪な存在など、生かす理由がありません!」
椎名九十九。
正義の上級系譜“一徹”の契約者であり、北郷の正義に心酔する男。
正義のためなら自分の命を投げ出し、悪の存在を許さず決して退かない正義の兵の鏡ともいえる男である。
「そんな一方的な事をすれば、間違いなく負の契約者たちは一斉に反旗を翻すわ。そうなれば美徳と大罪の全面戦争も――」
「望むところです。クズどもの長を一掃するいい機会ではないですか! 今すぐだろうと……」
「正義がクズ何て言わない! そんな事をしたら、多くの犠牲者が……」
「人など放っておいても勝手に生まれるでしょう!? そんな物と正義を天秤にかける事自体が間違いです!!」
――が、実情は命と言う概念に全く意味を見いだしておらず、正輝の正義に狂信的な考えを持っており、正しさの為に自他問わず犠牲を厭わないどころか、意にも介さない冷血漢。
負の契約者の存在および、ゴミのポイ捨て、信号無視と言った軽度の不正すらも決して許さず見逃さず――そして、生かしておかず。
「――そんな考えなら、私は賛同は出来ないわね」
「――!」
「法は差別の基準ではないのよ。命を度外視した秩序が貴方達の目指す“正しき世界”であるなら、私は賛同は出来ないわ」
「お言葉ですが、この世界のどこに命を大事にできる人間がいるんです!? 誰もが他人を踏み躙り、私腹を肥やすことした頭にない餓鬼畜生がのさばり、その影響でそれらの毒牙から自分を守るための裏切りや犠牲を厭わない有様では、貴方の意思もいずれ食い荒らされてしまいます! ――そんな無法の世に必要な物は、欲望や不浄を全て斬り捨て、我ら正義の管理下で法に則った正しき生き方を徹底させ、それが出来ない者は皆殺しにする! これ以外最早人に未来は――」
「秩序は支配とイコールではないし、強制する物ではないのよ! ――ただでさえ必要以上に命を剪定する正輝君の正義が、本物の狂気に染まるなら許す訳にはいかないわ」
「――!」
逆上し、掴みかからんとばかりに立ちあがろうとする九十九を――
「座れ!!」
「――!?」
「――聞こえんかったか? 座れ」
「……申し訳、ありません」
正輝が一喝し、黙らせ――冷静さを取り戻した九十九は、ギリっと歯を食いしばりながら腰をおろす。
「――とにかく、貴方達の方針を否定はできませんが、政府首相として負の契約者とその庇護下の皆殺しには賛同しかねる以上、出来うる事は全て行います。北郷正輝君も、その旨はご了承いただけますか?」
「それが首相の意向であるのなら、否定は致しません。ただし何らかの犯罪行為があった場合、容赦する気はありません。この意見を利用し、図に乗った者も同様です」
「――今のところは、その辺りは仕方がない物とします。ほかの方は?」
「――私は神に仕える身である以上、命を守る方針には賛成です」
「ぼくちんはマー君――じゃなかった。僕は正輝様が賛同したなら、文句はありません」
「……」
――会議終了後
「――申し訳ありません」
「九十九君の事? ――いいのよ。私も少々言いすぎたとも思ってるから」
「……ありがとうございます」
茶室にて、正輝は首相に頭を下げていた。
九十九が逆上し、危害を加えようとしたかもしれない――その事に対するわびの為に。
「――さて」
首相は携帯を取りだし、登録している番号をコールし始める。
「? どちらへ?」
「――あの様子では、間違いなく九十九君は暴走するかもしれない……だから、手を打っておこうと思って」
「――! ……誰がいるか!? 九十九は今どこだ!?」
「――もしもし、ちょっと頼みごとがあるのだけど、いいかしら?」
――政府の議会は、勇気派閥と正義派閥に分かれており、その派閥の都合上、諍いが議会上以外で起こらないよう宿泊先は別々に、そして離れた場所となっている
「――あそこか」
場所は、その街が展望できる山に走る道路。
そのとある場所で、双眼鏡で勇気派閥が宿泊する場所を突きさすような眼で睨みつける、1人の男――椎名九十九が立っていた。
「――正義を否定し、邪悪を擁護する愚か者どもよ。正義の鉄槌を受け、その魂を聖戦の引き金とせよ」
――勇気派閥を排除し、全面戦争を確実な物とする為に。
「――?」
“破滅の暴風雨”を発動させるべく、“思念武装”を展開しようとし――九十九は周囲を見回す。
……急激に熱くなったことに違和感を感じたが故に。
「――? なんだ――!?」
ゴォォォォオオ! ビキビキビキッ……ボゴォン!!
ふと視界に入った地面が真っ赤になり、九十九は即座に飛びのく。
その次の瞬間地面は割れ、爆発音とともにマグマが噴き出し――そのマグマの中から人影が現れ、ゆっくりと溢れるマグマを水溜りのように足を踏み入れつつ、九十九に歩み寄る。
「――見ぃつけた」
ごつい生地のシャツに、カーゴパンツ。
背に交差するように6本の太刀の治まった鞘を取り付けた、サスペンダー状のベルトを着け、手には打刀と呼ばれる刀と――
出来たばかりの、6mはある巨大な剣を地面から引き抜く様に持ちあげた男。
「――朝霧、裕樹!」




