第58話
政府での議会の開始から、一週間が経過。
正義派閥と勇気派閥の議論
秩序の要として不可欠である事を証明した正義と、人道的な観点を尊重すべきと主張する勇気。
どちらを推すべきか――政府の議論は未だに続いていた。
「――アホくさいな。なんで議論なんかする必要あるんだよ?」
場所は正義城。
その内の和室にて、茶をすすりながら――白衣を纏い、ぬぼーっとした雰囲気を纏った男、東城太助は不機嫌そうにそう呟いた。
「全くだ。あの恥さらしが偶然傲慢に勝利した程度で、持ちあげすぎだ」
白いローブの様な服を纏い、突き刺すような瞳の男。
正義の上級系譜、椎名九十九もうんうんと賛同する様に頷きながら、そう言い捨てる。
「――そう言う訳にも行きませんよ。世にはまだ、人道的な観点で問題があり過ぎる正義のやり方に反発する声も多い上に、ある程度名誉を挽回した宇宙さんを支持する声は当然です。流れで考えれば、無理もありませんよ」
牧師服を纏い、彼だけは雰囲気に似合わぬ紅茶を手に。
こちらも正義の上級系譜、クラウス・マクガイアが少々気乗りしない雰囲気で紅茶を啜る。
「人道的? ――くだらないな。どいつもこいつも、自分優位の不平等が大好きな恥知らずのくせして、よくもまあそんな言葉を平然と使えるもんだよ。そんな物に意味があるなら、なんでこうなってると思ってんだか?」
「太助殿の言う通りだ。どんなに尊い物だろうと、人は必ず欲望のまま自分勝手に歪める――そうやって命すらも無意味にし、欲望を垂れ流すだけの存在に成り下がった事は既に証明されている。そうだろう、クラウス?」
「……ええ。わかってはいても、私は神に仕える身……悲しみだけは止められません」
「だからこそ必要なんだよ、マー……正輝様の正義はね」
それを肯定する様に、九十九が頷いた。
「――それにしても、今日はびっくりしたね。まさかの急な訪問には」
「全くその通り――正輝様と話がしたい、との事だったが」
「――一体何なのでしょうね?」
――所変わって、正義城の茶室。
「――良い味ね。正輝君」
「……ありがとうございます、首相」
正義の契約者、北郷正輝の点てた茶を飲み――
“契約者社会の母”の異名を持つ政府首相、井上弥生は称賛の声をあげる。
「堅苦しい言葉はいらないわ。議会の間は暇で、個人的な訪問みたいな物なのだから」
「――いえ、こういう性分ですので」
「そう」
大罪、美徳と並ぶ、一般人側の最高機関である政府。
しかし、大罪美徳両陣営に強い影響力を持つのは政府と言うより、当時強過ぎる力故に迫害される契約者の保護を進め、契約者社会の根幹を築き上げた首相であり――。
実質、世のバランスを担っているのは、政府と言うよりもそのトップである首相である。
――だからこそと言うべきか、首相の存在は政府でもある意味目の上のたんこぶである。
大罪、美徳の両陣営を説得、仲裁できる程の強い影響力を担っているのが、政府と言う組織や首相と言う立場ではなく、井上弥生と言う存在――と言うのが、いけなかった。
その影響力の強さゆえに、政府でもその影響力を危惧され――今回の議会に参加できないなど、色々と制限を設けられていた。
無論、自分がどういう立場であり、自分の行動がどういう意味を齎すか。
首相はそれを理解しているため、納得をせざるを得ない。
「――こんなだから、皆に余計な苦労をさせているのよね」
「首相が気に病む事ではありません」
「ありがとう……それで、今日の訪問だけど――」
そう言って、持ってきたカバンから書類ケースを取り出し――その中から、数枚の紙を取り出し、正輝に手渡す。
正輝はそれを受け取り、その紙束を読み進め――
「……正義派閥の勝利した際の、負の契約者とその庇護下の一般人に対する保護方針?」
「世は契約者の横暴、テロリストの暴走に脅かされていて、正輝君でなければそれを抑える事は出来ない――それは否定出来ないわ。でも、だからと言って必要以上に人を殺す事まで、承認する事は出来ないからこそよ」
「お言葉ですが、その必要以上が必要とされているのが今の世です。誰もが欲望のままに他人を食い散らし、言葉の意味もモラルも最早存在せず荒廃する一方。だからこそ徹底的な強硬姿勢で当たらねば、世に秩序はあり得ません」
「そうね、現状で否定なんかできないのは事実。でも、貴方の正義に問題があるのも事実よ――宇宙君との対立の原因である、契約者とその家族の殺害。原因も確認しないままの憤怒への侵攻……必要と言えど、暴走しているのなら話は別です」
「――それらに関しては、軽率だった事は認めましょう」
正輝は紙束を読み終え、それを首相にゆっくりと差し出す。
「……ですが、無意味だったとは――いえ、無意味にだけはしません」
受け取った紙の束を書類ケースに戻し、カバンに入れ――
「――貴方の意思はよくわかったわ。けれど大人として、子供達ばかりに重荷を背負わせはしない。私は私の戦いをするまでよ」
「――子供達ときましたか。契約者最強の我らを子供とは」
「肝っ玉母さんじゃないと、“契約者社会の母”は務まる訳ないでしょう」




