第57話
正義のより一層強まった強硬姿勢。
勇気と憤怒の新たな未来の模索。
そして、政府が執るべき方針と、推進すべき思想。
北郷正輝と一条宇宙の決闘は、美徳の盟主の座が北郷の手に委ねられただけであり、未だ終わってはいない。
その行方次第で未来は大きく左右する2人の対立は、世に大きな不安を齎していた。
――しかし、世は気付かない。
北郷の影響力が薄れたことによる混乱、一条宇宙の名誉挽回。
正義をより一層の強硬姿勢へと促し、勇気が政府の意見を二分させる程にした理由を。
大き過ぎる影響、巡る毎にそぎ落とされた情報に埋もれ、それらを齎しながらも忘れ去られた存在――傲慢の契約者、大神白夜の動向に。
「……」
その当人は、刺して意にも介した様子を見せず仕事をさっさと終わらせた上で、のんびりとハンモックに身をまかせつつ日光浴を楽しみながら、読書に勤しんでいた。
――しかし一見和やかに見えるその光景も、実情では和やかのかけらもない。
「……今日は少々日差しが強いな。」
白夜がそう呟きつつ、本のページをめくる――その次の瞬間。
白夜が寝そべるハンモックどころか、それをつるしてる樹木の周囲を黒煙が取り囲み、べきべきと派手な音を立てて、その黒煙に潰された。
「――油断大敵」
樹木を潰した黒煙が一か所に集まり、それが人の形を模る。
その人を模った黒煙が、全身を徹底的に覆い尽くすかのような黒装束に鴉の仮面と、見ただけでは、男か女かどころか、人かサイボーグかすらもわからない。
そんな異様な様相の人間へと、まるでCGの様に姿を変えた。
「どちらがだ?」
「――!」
そんな異様な様相の何物かの背後。
どこから調達したのか、今度はレジャーシートに座りながら、先ほどと変わらぬ悠々とした雰囲気で、白夜は本を読み続けていた。
「……いつの間に」
「何用だ? ベルグ」
「……報告です」
――傲慢の上級系譜にして暗殺者ベルグ。
“隙あらばいつでも白夜を殺し、傲慢のブレイカーを奪う”
そう言う条件の下で傲慢に属し、“瞬間移動”をベースに、自身の身体を黒煙と化す能力を持ち、諜報と暗殺を生業とする傲慢の影とも言うべき契約者。
表に立つ事はなく、その存在は傲慢でも白夜以外に知る者はいない。
「正義は系譜の強化、下級契約者の系譜取得を重点に置いての訓練を実施。技術班もまた、上級系譜有力候補の媒介や新兵器開発に力を注ぎ、傲慢に対し警戒態勢を取っております」
「そうか……勇気は?」
「こちらも同様ですね。勇気にも憤怒にも、現状正義や我等に対抗できるだけの戦力がない分、朝霧勇気と一条宇宙直々に鍛えている状況です。政府は……」
その先は、白夜に制され告げる事は出来なかった。
「井上首相は?」
「現時点での発言は混乱を呼ぶと言う進言により、議会には出席しておりません」
政府首相、井上弥生。
政府が保有する、大罪美徳両陣営に対しての発言力は、両陣営からの信頼厚い彼女の存在が大きい。
その影響力の強さから危惧されているが、彼女の存在は対契約者強硬論者にとっても大きな歯止めとなっているため、政府上層部には眼の上のたんこぶと見る者は多く存在する
「ならば放っておけ。首相の居ない議会など、所詮は我らの恩恵に縋るだけの欲ボケ老人ホーム。建設的な意見など期待出来る訳もない」
「――きっついな」
「――どの道、政府に正義を推す以外の選択肢は、一条の模索する未来以外存在しないが、その一条は一度北郷に敗れている。決定打として弱い印象があるのは当たり前だ」
「けど、北郷の対であるあんたに勝利したことで、ある程度は決定打としての力は示され、首の皮一枚と言えど二分させるほどの意見にはなったが……」
パタン、と本が閉じられ――
「強い意志は必ず大きな意味を持つ――北郷にしろ一条にしろ、それを証明できたからこそ、その椅子に座る事が出来た。それだけの話だ」
「--そうなるように促したのはあんただろう?」
「別に、どう流れようと困る理由はない。そもそもその資格がないと判断した場合、私は北郷も一条も殺すつもりだった」
「はっ? どう流れようとってアンタ、いったい何を考えてそんなこと……って、いない!?」
ふと見れば、既に白夜の姿は影も形もなく――その場に立っていたのは、ベルグのみ。
「――まるで美術品みたいな造形してるくせに、薄っ気味悪い奴だ。時代を揺るがすようなことしといて、それを埋もれさせた事と言い……」
そう呟くと、先ほどまで白夜が立っている所にぽつんと落ちている、1枚のメモ用紙を手に取り……
「“希望と怠惰に、不穏な動きをする者が現れる筈だ。調べておけ”--か。了解……傲慢を手に入れるより、従う事が一番の得策のように思えてきたな」
身体から黒煙を噴出させ――その黒煙ごと、景色に溶け込むかのように姿を消した。




