第55話
「まずは、復活おめでとう――とでも言っておこうかな?」
場所は正義城。
自身のナワバリの整理がついたため、昴は正輝の見舞いに参上していた。
「よく来たな。茶の一杯は馳走すべきだが……」
「遠慮しておくよ。まだ仕事が山積みだから、話す事だけ話したらすぐ帰る」
「そうか――それで、用件は?」
昴はメガネを直し、持ってきたカバンから一冊の書類の束を取り出す。
「今回の一件で、君の地盤を揺るがす術はなくなった――と言っても良いね」
「そうか」
「――ただし、君の方針について行けない一部の者達が、大神君に勝ったって噂が出てる一条君を推し始めてるから、完全にとは言わないけど」
「それは想定内だ。勇者と呼ばれる男である以上、汚名が返上されたなら支持する動きは当然のこと」
「それだけならね――この先、テロリストは君と一条君の対立を利用しようとするだろうし、公になった以上負の契約者側も黙ってはいない筈。その中でも……」
「大神か?」
あれから、傲慢は全く動きを見せていない。
正輝に宇宙との連戦をこなし、正義に匹敵する戦力を保有している事を――。
時代を手に出来る力を持つ事を示しておきながら。
「――元々奴は我等14人で、最も得体のしれん人物だった。今まで対である我との交戦すら全くなかったと言うのに、何故今になって何を狙って動いたのか……?」
「判断材料が少なすぎてわからないよ。ただ今まで際立った活躍も見せず、戦力を蓄えつつ自分を隠しながら機を伺い続け――君と一条君の対立を好機と見て、動きだしたとしか」
「――我と一条を利用し、何かを成そうとしていると言う事か」
「そうなるね――ただそう言う方針なら、椎名君にマクガイア君との戦いで、戦力の全容を明らかにしたとは思えない。彼自身もまだ力を隠している可能性だってある」
「――力は未知数か……だが、それは退く理由にならん」
「――言うと思ったよ。だから正義にはしばらく……」
その先は、正輝が制したが故に昴は言えなかった。
「止まる気はない。美徳に大罪と言えど、当時10かそこらの子供に救われておきながらこんな事になっている以上、我の正義を否定する要素など何1つない」
「――それは確かにそうだけどね。ただ、一条君が新しい可能性を模索している以上、場合によっては……」
「新たな可能性があった所で、我を破らん限りは成し遂げる事は出来ん……それで良き未来が築けるならば、潔く死ぬ事も我は厭わん」
「……話は以上だ、それじゃお大事にね」
紙の束を鞄に納め、昴は帰って行った。
――それと入れ替わりに
「――あんまりそう言う事、言わないで欲しいな」
「太助か?」
「この世界にマー君の示す正しき世界以外の未来が、どうして必要なのかな? ――井上首相以外の人間がやった事なんて、契約者をバケモノ呼ばわりしての迫害、その力を手に入れた途端掌を返しての悪用だけ――欲望のままにメチャクチャにした挙句、全部をマー君達に擦り付けたんじゃないか」
「落ちつけ」
「――関係ないなんて事はない。人間ってカテゴリの生物が、いかに汚く愚かで自分勝手かが露呈されたからこそ、マー君の正義はそう言う物になったんじゃないか。なのにどいつもこいつも恥知らずに、堂々と被害者面してよくも……」
「やめんか!!」
「――!」
感情のタガが外れたらしい太助だが、正輝の一括で口をつぐんだ。
「我はそんな事の為に立った訳ではない。人にはまだ、救いの余地がある――そうでなければ、我の正義でも秩序は保てない筈だ。理解しろ太助」
「…………わかり、ました」
「――心配するな。我とて背負う物がある以上、簡単に負けてやるつもりはない。我に賛同した者達や信じた者達、我の示す未来に希望を見いだした者達の為――」
ギリっと右拳を握りしめ――
「我が正義は不滅である事、証明し続ける」
「――北郷はこの戦いを止めた。しかし俺は……それすらも出来ず、か」
所変わり、勇気のナワバリ。
そこにある自室で、宇宙はそう呟く。
決闘の際にも、互いに相当の深手は負っていた。
しかし美徳の、しかも中核を担う2人の対立自体が世に与える影響が大き過ぎる為、知識により決闘自体が一般には伏せられ、決闘の場も開発地域として指定されている海域に人工島を造り、そこで極秘裏に行った為に混乱自体は避けられていた。
――実際、北郷正輝が美徳の盟主の座についた事、それを理由に一条宇宙が美徳から離反した事も、互いのその傷が癒えてからの公表となっている。
しかし、白夜との戦闘自体は、そうではない。
大罪、美徳の対立は隠す事は出来ず、更に大罪美徳の両極の最強がぶつかる戦い。
その為テロ組織は今が好機と見て――あの混乱が起こった。
核兵器や毒ガスと言った、明らかに常軌を逸してる兵器が普通に使用される混乱が――
正輝の復活
それが示されたと同時に、止められた。
「――随分と差を着けられたな。負けた以上、仕方ない部分は大きいが」
一条宇宙の悩みの種は尽きない。
美徳から離反した裏切り者である彼には、自身の対である憤怒以外を信用する当てはない。
更にあの混乱で秩序の不安定さ、北郷の正義の必要性が露呈された事で、自身の方針はこのご時世では完全なアウトロー。
――時間が立つごとに、自身に選択肢がなくなっている事。
しかしここで焦った所で、可能性をさらにそぎ落とすだけにすぎない。
「――兄さん」
「ん?」
ふとかけられた声。
「宇佐美か。帰ってたのか?」
「うん。色々と大変だったけどね」
彼の妹であり、今は売り出し中のアイドルとして活動中の少女、一条宇佐美
「頑張ってるな。兄として誇らしいよ」
「ありがと――でも、兄さんだって頑張ってるでしょ? 聞いたよ、傲慢に勝ったって」
「――勝ったって言っても」
「どうしたの? もっと胸張ってよ、勇者は弱音を吐かないものだよ」
「――そうだな」
バシッと顔をはたき、宇宙は表情を引き締め――
「――気が抜けてたみたいだ。ありがとう、宇佐美」
「ううん、いいよ。あたしも契約者として、兄さんの手伝いができたらいいのにな。たくさんの人を守りたいって気持ちはあるんだよ?」
「――守りたいって気持ちがあるのは大事だ。だけど守る事と力を振るう事は、決してイコールじゃないし、守ることの意味を理解できてないと、結局その守るべき物すらも不幸にする……力って言うのは、そう言う物なんだ」
「守ることの意味って?」
ポンポンと、宇佐美の頭を軽くはたきつつ、にっと笑みを浮かべ――
「――俺に守られながら考えな」
「……子供扱いやめてよ」
「答えが見つかったらやめてやるよ」
「もう……それで今日だけど、一緒に行って良いかな? 久しぶりに綾香さんに鷹久さんにも会いたいし」
「そうだな。綾香も鷹久も会いたがってたし、今日は特別だ」
「やった」




