第52話
「――今の!」
「……どうやら、目覚めたか」
宇宙と白夜の交戦地域。
――地面の揺らぎを感じた2人は、足を止め震源地と思わしき方角に顔を向ける。
「……ならば、そろそろ退くか」
「待てよ。いきなり……」
「勝負ならお前の勝ちで構わん――お前を殺すつもりだったが、これ以上の交戦も勝利にも意味はなくなった」
「――! ……ああ、そう言う事か」
“力こそすべて、弱さは罪”
その言葉が頭をよぎった途端、宇宙は納得した。
宇宙と正輝の戦いは“決闘”
つまり、勝者に決定権を――この場合、“美徳の方針”の決定権をかけた戦い。
敗者に口出しする権利はなく、全ては勝者の手に委ねられる
――正輝も宇宙も、それに同意した上で決闘に臨み……宇宙は敗れた以上、本来なら宇宙に正輝の方針に従わねばならない。
「わかってるさ――本来俺には北郷を否定する権利はないし、そんなつもりで決闘に臨んだ訳じゃない。俺も北郷も、望む未来が違うから対立した……それを忘れたら、綾香や鷹久にユウ――宇佐美にも合わす顔がない」
「――わかっているなら、問題はない。弱虫の哀願を聞かせるようならば、その首を切り落としている所だ」
「……弱者が時代の中核に立つ事が、よっぽど気に入らないらしいな」
「それが私の理念だ」
大神白夜と言う男は、鉄仮面と評される程に表情を変える事は滅多にない。
目も冷たい鋭さを放つ以外に、感情を一切交わらせない故に、表情や目からは何を考えているかを伺い知る事は出来ない。
――しかし宇宙には、十分に理解が出来た。
北郷に敗れ、美徳から離反し――勇者としての名声も、美徳内での地位も捨てた。
決して軽い物でも、未練がないわけでもないが……
それでも、貫くべき物を持ったならば、躊躇いはなかった。
「案ずるな。もうしばらくは何もしない」
「――?」
「――人が人である事を拒み、人が生み出した歪みが充満しきったこの世界で一体何を成すのか、見せてもらうとしよう」
バリィン!!
――白夜がそう告げると同時に突如、ガラスが割れるかのような音が響く
その次の瞬間、その場に立っているのは綾香と宇宙のみ――白夜の姿は、影も形も存在していなかった。
「――ふぅっ」
宇宙はどっと2日間ぶっ続けの戦いの疲労が湧き上がり、その場に座り込んだ。
「宇宙兄」
「ん?」
「――やっぱり宇宙兄はすごいよ。流石に勇者って呼ばれる人は違う」
「よせ――今の俺は、勇者なんかじゃ」
「だったら取り戻そうよ。大丈夫、宇宙兄ならもう一度返り咲けるって――」
「――ああ。だがその前に……」
「あっ、そうだな。やることは山ほどあるけど……まずは宇宙兄の手当てからだね」
綾香が宇宙の身体を抱え、“瞬間移動”
その際の綾香の瞳には――今までと何か違う輝きがあった。
「やってやるぞおっ!」
「――? なんだ、随分と気合入ってるな」
「うん。宇宙兄に比べたら、あたしの覚悟なんて全然軽い物だったよ……正義の上級系譜に勝てないのも、納得出来る位にね。でも――」
「なら、この先その意気で頑張ってくれよ? ――恐らく正義は、この先秩序の要としての力を大きく増し、世の正義に対する認識も大きく上がる筈だ」
「――うん。わかった」
――正義と傲慢の交戦地帯。
太助を伴った正輝が、地割れで破壊された戦場へ向かう途中――
「――どこへ行く気だ?」
正義側の脱走者と思わしき1人の男と出くわした。
正輝の姿を見るなり、ひっと軽い悲鳴をあげて数歩たたらを踏む様に後退。
「来い。はぐれたのなら、共に行こう」
それに構わず、正輝はただそれだけを告げて歩み寄り――それに合わせ、男は後退。
「どうした?」
「うっ――うわああああああああああああああっ!!」
突如絶叫し、踵を返し逃げ出し――。
「がああっ!!?」
突如、その男は絶叫を――背から、正輝の拳が腹を貫いた激痛の悲鳴を上げた。
「あぐっ……うぅっ……ゆっ……」
「我が正義の名の下で力を振るったのだろう? ――今更逃げ出した所で、生き恥を晒すだけだとわからんかったのか?」
「いっ、いや……だ……死にたく……」
正輝はその脱走者の――意思が折れた者の、涙でぐしゃぐしゃになった顔に位置する瞳を、じっと見据える。
――正義の兵としての誇りも覚悟も、意思さえも消え失せた、我が身だけを案じ、日常を共にした戦友たちを見捨てた者の瞳を。
もはやこの男がもたらす物は、ゆがみ以外存在しない。
意思を折るということ、我が身可愛さに逃げ出すこと、理をゆがめるということ
それらの積み重ねが、正輝の正義でなければ人が人ではなくなるこの世界。
――正輝は表情を変えることなく腹から腕を引き抜き、ギリっと拳を握りしめる。
「――理解出来ないなら、貴様に命を持つ資格はない」
――拳は、再度振り降ろされ……。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!!」
何かが潰れる様な音と同時に、断末魔が響き渡り――
その拳は血にまみれ、足元には“人だった物”が転がった。
正輝は躊躇も後悔もせず、死体に目もくれる事無く歩を進めはじめる。
――ただ、血でまみれた拳を……幾多もの命や未来を砕き続けた、契約者最強の攻撃力を持つ拳を、ぐっとにぎりしめて。
「……」
「? どうした太助?」
「――正輝様はよく、血をふかずに拳を握りしめてますが、癖ですか?」
「ああっ、これか……人は屍を踏み越えた先にしか、未来を築く事は出来ない。我は屍の山を築くためではなく、その先に正しき世界を創る事が目的。今殺したバカ者の様にそれを履き違えないよう、死の感触は残す事にしている」
「――残す意味はないと思うけどね。どうせ死んで当然の……」
「主眼に置くな。確かに死んで当然だ……だがそれが主眼ではなく、人を戒め正しき世界を創る手段でありそこへいたるための道。それを忘れるなと、何度も言った筈だ」
「――申し訳ありません」
北郷正輝の正義が秩序の要であり、人を人たらしめている。
それが世の現状である事を理解している故に、正輝は目的も方針も、決して折れぬ意志も徹底する。
それだけの影響力を持ちながら半端で終わってしまえば、このテロ騒動で人間全体の人間性の欠如や暴走性が明らかになった以上、世は取り返しのつかない事になってしまう。
――何より、人の理すら踏み躙る者が圧倒的に増えすぎた今
徹底的な強硬姿勢―でなければ人は理解できない以上、そうしなければその先に人の未来はない。
美徳の方針を担う立場にある者としての意思――それは、正輝の契約者としての力をも強くしていた。
「――さて、急ぐか」
「身体に障るよ」
「構うか――行くぞ太助。未来を創りに」
「ん、了解」
この日、北郷正輝は重傷をおってなお健在である――そう証明された次の日には、すっかりテロリストはなりをひそめていた。
しかし、一条宇宙が辛くも大神白夜に勝利したという情報も流れた事で汚名は多少返上され、一条宇宙の行動指針に世は耳を傾け始め――
世は勇気と正義、この2つの対立に左右される。
一応ですが、ここまでで第一章終了になります




