第46話
「――手酷くやられましたね?」
「……相手が美徳最強とは言え、屈辱だ」
「――よく言いますよ、最低限の力しか使っていないと言うのに」
「目先しか見ない、そこらのゴミと一緒にするな……この程度の事で目くじらを立てるほど、矮小な器ではない」
「わかりました……しかし、これは一体どういうつもりなのですか? 世は正義と言う抑止力が弱まった所為で、大混乱ですよ?」
「――私はこの混乱に用がある。現状正義はジャマにしかならん」
「そうですか――それで、次は一体……」
「軍を率い、出撃しろ。狙いは……」
「突き進め! 不浄なる者を生かして返すな!」
「正義の鉄槌を振るえ! 正輝様の正義、汚す事は許されん!!」
――正義のナワバリにて
復帰した椎名九十九の指揮下、テロの駆逐を続けていた。
正義の軍勢は血まみれで帰還し、正義城の通路は血の足跡が絶えないと言われるほど。
「正義に妥協、後退、躊躇は許されん!!」
「「「我ら正義の軍勢は、常に突き進むのみ!!」」」
九十九の号令に、一糸乱れぬ返答が傘下契約者達から帰ってくる。
正義と言う要が居ないにも拘らず、誰もが正輝の帰還を信じ日々奮闘していた。
正義の名を守るために。
『世の情緒は日に日に不安定となり、各地で苦痛の悲鳴が相次いぎ……』
プツッ!
「……何が苦痛の悲鳴だよ。マー君の負傷――混乱の到来を喜ぶマゾヒスト共なら、快楽の悲鳴だろ」
場所は、太助が穴掘りの能力持ちの契約者を使って造った、個人ラボ。
ここで太助は……
『僕達、私たちのお父さんお母さんを殺したのは、不浄な存在です。不浄な存在は、世界を腐らせる害悪です。平和の為、正しき世界の為に、不浄な存在を根絶やしにしよう』
正輝に許可なく、独断で洗脳教育のプログラムのデータ収集に勤しんでいた。
――元々は合成獣の開発、データ収集の為の場所であったが
正輝の重傷が報じられた際の歓声の事を聞きつけ、急きょ変更し孤児院の子供をこちらにうつし、洗脳教育を受けさせていた。
「――太助さん」
「ん? ああ、クラウス。どうしたのかな?」
それを沈痛な顔で見つめる、牧師姿の男。
正義の上級系譜、敬虔の契約者クラウス・マクガイア。
「どうしたのかな、ではありませんよ。いきなり私管理下の孤児院から子供を、等と言いだしたかと思えば……」
「こういう事だけど、何か問題でも?」
「――こんな人権を無視した事を」
「人権? 何を言うかと思えば……」
心底呆れた様な口調で、太助はそう告げてため息を突つく
「人権なんて、他人を踏み躙るための口実以外に使われやしないよ」
「太助さん」
「そうじゃなかったら、僕達ももっと大人しいはずなんだけどね……大体酒池肉林しか頭にないくせして、秩序の要が重傷負って喜ぶからこうなってるっていうのに。これはそんな汚物に育たないための措置だよ」
「――無理もありませんよ。傘下の身で言う事ではありませんが、人道的に……」
「“気に入らない奴がブチのめされたーわーい嬉しーなー”な、脳みそお花畑な発想しか出ない時点で、人道的何て言葉使う方がおかしいと思うけど--まあ僕達はまだまだ甘いって事がわかっただけでも、収穫だけどね」
データを纏めおえると、太助は部屋の外へ。
クラウスはそれを慌てて追いかけ、横に並ぶ。
「……何にせよ、子供たちにあんな物を施す事は反対です」
「――必要だよ。人は感情で秩序すら否定するまでに堕ちた事が証明された以上、僕達もより徹底的な正義を執行しなきゃいけない」
「貴方の過去は存じておりますが、流石にこれは」
「――勘違いしないで欲しいね。悲劇の主人公なんて、映えるのは舞台の上だけ。現実でやれば甘えたバカだよ」
立ち止まり、クラウスに顔を向けた太助の眼……それは酷く冷たい物だった。
「僕は自分を哀れむつもりも、僕を迫害した連中に復讐する気もない。僕がここにいるのは、マー君の正義が人も世界も変える事が出来る――そう信じてるからだ」
「……そうですか。すみません、気に障ってしまい」
「別に。どうでもいい事だし……さて、正義城に戻ってマー君の治療しないと」
「ご一緒しますよ」
――所変わり、正義城。
――カタカタカタカタ!
「――えーっと……ふむふむっ」
場所は、正義城の正輝の私室。
畳が敷き詰められ、調度品は和風が主な部屋だが、現在は正輝の治療の為に治療器具を持ち込まれており、アンバランスな雰囲気を醸し出している。
「――」
その器具を繋げられ、動く事すらも出来ない状態の北郷正輝。
焼いて塞いだ傷のある身体には包帯がびっしりと巻かれ、砕けた左拳には手術を施した後にギプスで固定し――物の見事な重傷患者の様相で眠っている。
「――経過は順調。このままなら、あと一週間かそこらにでも……」
ヴィーっ! ヴィーっ!
「――はいクラウスです……え!? わかりました、すぐに向かいます」
ピッ!
「?」
「――傲慢の軍勢が、九十九さんの部隊に攻撃を仕掛けていると」
「なっ!?」
「すぐに援護に向かいますので、失礼いたします」




