第35話
「――正義側諸君、撤収だ」
背の念動兵装を破壊された事で、気を失った九十九。
それに代わり、昴が周囲に指示を飛ばす。
「ユウさん、どういう事だよ?」
「あとで話す――今は退くんだ。良いな?」
ユウの方も、有無を言わせない――そう言う雰囲気を醸し出し、2人を戒める。
「……」
「? どうした、タカ?」
その中で、鷹久が神妙な顔をし、一歩踏み出す。
ユウもその雰囲気に何かを感じ取ったのか、掴んでいた腕を離した。
「昴さん」
「ん? ――確か、吉田鷹久君だったね? どうしたんだい?」
「あなたは、正義の方針をどう思ってるんです?」
「――そうしなければ、抑えられない横暴が横行していると言うのなら、これも仕方のない事だよ」
「仕方ないって――」
激高した綾香を、鷹久が制した。
「――あれだけの犠牲を出しておいて、仕方ないって言葉を出すべきじゃないでしょう」
「犠牲はいかなる理由や状況に問わず、仕方のなく出る物だよ。好き好んで出す物は捨て駒と言うんだ--言いたい事はわかるけど、一条君が北郷さんとの決闘で負けた以上、美徳の方針は北郷さんの物だよ」
「――確かに、それに関しては言い出したのは宇宙さんである以上、否定のしようも文句のつけようもある訳がない……けど」
「僕は僕の役目を果たすまでさ。美徳の方針が北郷さんの物になったなら、僕は北郷さんの方針を肯定し、その方針の下で最善をとる――それを念頭に置いた行動をとるまでだよ」
「――契約者の頂点の1人が言うには、随分としみったれた思想だな」
吐き捨てる様に言った綾香の発言に、鷹久は慌てて制止をかけようとする。
――その一方で、昴は苦笑し
「――なら聞くけど、何故あの事件が起こるまで宇宙君は何も言わなかったか、理解しているかい?」
「――!?」
「文句を言うなら、まず下地位整えようね。宇宙君はちゃんと理解してたよ? そうしなければ抑えられない物がある事をね」
「――昴さんの言う通りだよ、綾香。確かに宇宙さんは、北郷さんの正義を全否定はしなかったし、今まで耐えてきた事も理解は出来る」
「――互いに譲れない物が相反していた以上、対立は避けられない事だったかもしれないけどね。でもそれも最早終わった話だよ」
淡々と話す昴に、綾香はギリっと歯軋りするほどに食いしばる。
「個人の意思は問題にもならなければ、言い訳にもならないよ。美徳と言う枠の方針として決定された事である以上、望む望まざる関わらずその枠に所属する者は、その方針に従わねばならないのさ。それが集団であり、組織であり、社会であるのだから」
「――それが昴さんの意思なんですね?」
「そう言う事を蔑ろにしたり、理解できていない者――主に負の契約者――が多過ぎるからこそだよ。でも、僕は僕さ。身を置くのが、宇宙君の方針であったとしてもね」
「――わかりました。すみません、時間とらせて」
「いや、構わないよ別に」
正義側が渋々と撤収していくのを見届け――ふっと閃光の様に、昴は姿を消した。
「――綾香、認められなくても事実は事実……受け入れるしかないんだよ」
「けど……」
「すまないが、その話は一旦そこまで」
「……そう言えばユウさん、なんでそんな」
「――さっき、怠惰の一因と思わしき怪人が嗅ぎまわってた」
「――豪勢な話だナ。勇気と正義の上級系譜がぶつかリ、更にはその付近で憤怒と知識がぶつかるなんてナ」
「ひひひっ、どうすんだい?」
「――明日の新聞見て決めるカ。勇気としてハ、正義との対立を大々的にアピールしテ、憤怒との同盟復活を望んだんだろうがヨ」
「――で、ヘッドは?」
「つまんねえギャグぶっこくんじゃねーヨ」
――夜は明け、憤怒のナワバリにて。
「――結局、決定的な要素にはいたらず、か」
光一は新聞を手に、ごちった。
“勇気と知識の一騎打ち、それと並行して繰り広げられた、勇気と正義の上級系譜衝突”
「でも、正義と勇気が対立してる事は――」
「これだけじゃまだ弱い。大打撃を与えた、位は欲しい所だが……今回は、正義の戦力の大きさを思い知らされたってところか」
「――それだけじゃなく、まさか他の大罪が動いているかもしれないだなんて」
「幾らなんでも早すぎだろ……復興だって、まだだっていうのに」
正義の侵攻をうけた地域は、当然だが復興中で不満はたっぷりな状態である
やりとりを間違えれば、即座に暴動が起きかねないだけに、慎重に事を進めている。
「勇気はどうしてるのかな?」
「訓練のやり直しだってさ。特に上級系譜2人がかりっていうのは、流石に心情的によろしくない傾向だからって、宇宙さん直々にって」
「――でも、他人事じゃないよ。あたし達だって、正義とはぶつからなきゃいけないかも」
「わかってるよ。だからこうして、勉強してんだろ?」
契約者はそれぞれ、自身の能力において独自のノウハウを持っている。
そのノウハウとは契約者の生命線であり、ノウハウを知ろうとする行為は基本的に禁忌である。
――故に光一もひばりも、互いのノウハウは全く知らない。
「久遠さん! 支倉さん!」
「? どうした?」
「それが……テレビつけてください!」
「?」
光一とひばりは顔を見合わせ、駆けこんできた下級契約者ノ言葉通り、テレビをつけ――
『北郷! これは一体どういう事だ!!?』
突如の怒声に、眼を丸くした。
『これ? ――ああっ、負の契約者を殺した事か』
『何かやった訳でもない奴をそんな理由で殺した揚句、抗議した幼い弟妹まで殺しておいて、その態度はなんだよ!?』
『後の世の為だ。悪に正義の鉄槌を下す事は至極当然』
『至極当然……? そうか……お前の考えは良くわかった。ならお前の方針にはもう付き合いきれない』
『なんだと?』
『俺は秩序を守る事に協力するが、血生臭い人殺しに協力出来ないって言ってるんだよ』
――そこに映っているのは、北郷正輝と一条宇宙の対立。
それも、前代未聞の美徳同士の決闘の火種となった場面が、流れていた。
それも、その場面だけを何度も繰り返すかのように
「――放送元は!?」
「それが、来島博士に調査して頂いてますが――残念ながら、つかめていないそうです」
「アキちゃんに!?」
「一体誰が……何の目的で、こんな物を?」
この映像は、何故か憤怒のナワバリの全域のみに流れ――昼に到達する頃には、既にナワバリの住人全員の知るところとなっていた。
突如舞いこんできた、驚愕の映像の中でのやり取り。
――様々な憶測を抱えつつ、様々な感情を交えつつ、あちこちで色々とささやかれ……
その次の日には、勇気との再同盟への賛同の声がちらほらと出始めていた。




