第28話
「――思ったより時間がかかってしまいましたね」
「……仕方ないさ。俺達がヘタに力を出すと、他の車両にまで危害が及ぶ。そのちび竜だって、本気じゃないんだろ?」
『きゅうっ』
獣の爪後、飛び散った皮脂、空気砲弾による文字通りの風穴。
荒れ果てた車内を見回し、意識を駆り取った3人を縛り上げたうえで、龍清の札を張り封印処理を施し終えた2人。
「――あの」
「ん?」
「さっき、ただの列車ジャックじゃないとおっしゃってたのは……」
「おかしいと思わなかったか? ――そこらのチンピラとは思えない程の連携錬度だった事も、明らかに俺達系譜クラスと戦う事前提の戦法だって事も」
「――あっ!」
「……その辺まだまだか」
光一は苦笑しつつ――気になる事を聞いてみる事に。
「――“誠実”絡みか“憤怒”絡みか、もしくは両方かは分からんが、この列車を狙ったのは偶然じゃない筈。狙われる要素に心当たりは? あるかないかでいい」
「ありませんよ。そもそもこの列車に乗ったのだって、個人的な理由ですから」
「俺もちょっとした野暮用だ。さして狙われる様な要素なんて全くない、そう断言出来る程度のな――仕方ない。それじゃ前の車両に」
ガタンッ!
「!? なんだ!?」
「――? 気のせいか、スピード上がってません?」
「いや、気の所為じゃない。本当に上がってる!」
窓から見える、移り変わっていく景色がだんだんと速さを増していて、列車自体の揺れも相応の物に。
「光一君! 何があったの!?」
それを異変と感じたのか、後方車両からひばりが駆けてきた。
「――へへっ、始まったな」
そこで縛り上げていた男の1人が、嘲笑する様にそう呟いた。
「どういう事だ?」
「――お前の言う通り、俺達の狙いは列車ジャックじゃあない……お前ら憤怒の系譜が乗った列車で、大惨事を起こす事。それが狙いだ」
「! ――そう言う事か!」
大惨事の起きた列車に、憤怒の系譜が絡んでいる。
負の契約者に対する偏見が強い現状で、そんな話が出れば負の契約者がらみの事件ではないかと疑われ……間違いなく、正義が動く。
更に言えば、現状憤怒では、正義に対する反発感は最高潮。
――勇気と憤怒の同盟が破たんした今なら、正義と知識の協定範囲外となり、今度は阻む物は何もない。
「――憤怒と正義の全面戦争が狙いか!?」
「そうだ。これで正負同盟なんてバカ話、二度と起きないだろうよ!! 正義と今の憤怒がぶつかれば、間違いなく泥沼化し正と負の全面戦争にも発展する可能性はある! 負の契約者何ざ、皆死んじまえばいいんだ!!」
「――そんな! その為に僕達無関係な……」
「ほっとけ。それより列車を止める事を考えないと?」
「! ――そうですね」
――所変わり、運転室。
当然の様に運転士は殺され、操縦席は破壊され制御不能。
「――やっぱりか」
「どっどうしよう!?」
「落ちつけ! なら磁気浮上で浮かせるまでだ――その間に、エンジンを壊そう」
「僕もお手伝いします」
「やめとけ。流石にさっきまでは誤魔化しが効くが、これ以上は正義が黙ってない」
「うっ……」
いかなる理由があろうと、不正も負の契約者に加担する事も許さない。
それが正義の契約者、北郷正輝という男である。
「――仕方ない。力技になるけど、磁気浮上で浮かせて、その間に電動機を壊すか」
「大丈夫?」
「身体ならともかく、能力の出力なら自信がある」
「――大丈夫なんですか? この列車10両編成ですし、構造見る限りじゃ1つじゃないですよ?」
この列車ボルグ105B型は、動力分散方式で動く車両である。
「大丈夫、上級系譜を甘く見るな……んじゃ」
「ちょっと待って!」
いざ始めようとした途端、ひばりに止められた。
疑問に思った光一がひばりを見て、その視線の先に目を向けると――
「!? ――ういてる!?」
ぽんっ!
「「!?」」
「よう」
「「宇宙さん!?」」
後ろから、2人の肩に置かれた手。
2人が振り向いた先には、1人の男――勇気の契約者、一条宇宙が夏目綾香を従え、そこにいた。
そこで2人は、列車は既に線路から離れ、一条宇宙の風の力で宙に浮いている状態へと移行していた事に気づく。
「なんで、ここに?」
「なんでって、列車はもう俺のナワバリに入ってるんだから、止めに来た――よし綾香、乗客を安全な場所にテレポートしろ」
「了解だ、宇宙兄」
綾香がテレポートで去っていき、宇宙は操縦席に座る。
――列車を浮かせる程の力を使っているにもかかわらず、表情1つ変えない様子で。
「――すごい……これが、勇気の契約者の力」
窓の外を見て、龍清は唖然とする。
――風の力で列車を浮かせ、尚且つ揺れ自体が全くない事以上に、うかせた事にも全く気付けない程なめらかに風を操った事に。
「――さて、これが終わってから正式に……」
「待ってください。俺の独断ですが、同盟破棄はなしにしたいんです」
「――どういう事だ?」
「実は――」
――所変わり。
「――九十九さん。正輝様がお呼びです」
牧師服を纏い、首にはロザリオをかけ、手には聖書を持った男。
正義の上級系譜“敬虔”の契約者、クラウス・マクガイア
「――わかった。すぐ行く」
血まみれの軍刀を右手に持ち、左手には自動拳銃。
正義の上級系譜“一徹”の契約者、椎名九十九
「――本日はどのような罪状を裁かれたのですか?」
「路上喫煙――そこに転がってるゴミがそうだ」
九十九が侮蔑する様な視線を向けた先――無残に切り刻まれた人だった物に、クラウスは歩み寄り、十字を切る。
「――煉獄を乗り越えた先に、新たな正しき生があらん事を」
「それより、正輝さんがおよび何だろう?」
「ええ。ではまいりましょう――恐らくですが、憤怒と勇気の新たな動きについて、だと思われます」
「勇気か――あの恥さらしめ。美徳を裏切った挙句、憤怒のゴミ共に縋りつくなんて」
「――これもまた、正輝様の正義に課せられた試練、という事でしょう。元々彼は、心優しきお方……命を奪うやり方を好まぬのも、無理からぬ話」
「ちっ……命だと? そんな物に固執して、正義を否定する? ――バカが。人などいくらでも生まれる。だが正義は傷がつくだけで、ゴミがのさばる……そんな事もわからん様なゴミが美徳とは」
「……間違いではないのですがね」
チャっ!
「貴様、正輝様を……」
「誤解なさらないでください。私は牧師であり、神に仕える身である以上、命を奪うやり方に全肯定をする訳にはいかないのです――ですが今、人に必要な物は救いではなく裁き……正輝様の正義が、今の世に必要である事も事実であるから、こうして正義の系譜として身を置いているのです」
「そうだ。悪しき負の契約者どもも、その恩恵を受ける者も――正しき生き方を拒む者にも、命を持つ資格はない――我々が徹底的に管理し、北郷様の示す正しき世を造り上げる」
「――全ては神の思し召し……いいえ、正輝様の正義の御心のままに」




