第27話
「――はぁっ」
時はさかのぼり、光一と綾香の通話後
「――なんて?」
「――タカや宇宙兄の予想通り。これからこっちに、裕香ちゃんを迎えに来るって」
「そう……」
通話を切り、気落ちした綾香をなだめる様に、鷹久は肩をポンポンと叩く。
「――まだ同盟相手らしい事、全然やってないっていうのに」
「それどころか、結局同盟の汚点ばかり押し付ける形になってるからね――裕香ちゃんの事と言い、ナワバリの襲撃と言い」
「――どこまでも、あたし等の行く手を遮るのな。“正義”様は」
元々、勇気の契約者一条宇宙と、正義の契約者北郷正輝は、折り合いが悪かった。
2人は正の契約者の中心とも言える人物であり、尚且つ常に先陣を切る事で有名である。
一条宇宙は、人々を守ろうとする真摯な姿勢と、その意思の強さと優しさゆえに、一般人からの支持が多く正の勇者と謳われる存在。
北郷正輝は、最も多くの功績を上げ犯罪発生率を半数以上抑えていることから、こちらは企業や高官等の官僚からの支持が多い。
しかし、人命よりも正義を優先する北郷正輝の方針故に、2人は対立する事となる。
「“正義の妥協は人の腐敗を生み、後退は人の退化を意味する――人が人であるために、正義には妥協も後退は一切なく、正義は正道を踏み外し、命の価値観を唾まみれにした者達の存在を、絶対に許さん”……北郷さんが宣言した事だけど、これで負の契約者に反感持ってる人の支持を多く集めてるんだよね」
「――負の契約者が唾まみれなら、あの人は血まみれだろ。あの人がやってる事は、ある意味負の契約者よりひどいじゃんか」
「でも、北郷さんは今や美徳の盟主。憤怒も名目上離れた以上、美徳から離れて孤立した僕たちがいきがった所で、どうにもならないよ」
「――いろんな意味で不利じゃんか。宇宙兄があの人との決闘で敗れてからと言う物」
――勇気の美徳からの離反。
それは、北郷正輝と一条宇宙による、美徳同士の決闘による物。
北郷のやり方に不満を持ち、たびたび対立し続けてはいたが、それでも彼のやり方で世の犯罪が抑えられている事自体は、認めていた。
――更に言えば、美徳同士の抗争自体が世のバランスを壊しかねない以上、実力行使自体は避けねばならない以上、ある程度の我慢は出来た。
しかし、それは突如我慢の限界を超えた。
――両親を失い、残された幼い弟妹たちを養う為に契約者になった者を、負の契約者であると言う事で殺し、その事で抗議したその弟妹すらも殺した事で。
その事で一条宇宙は激怒し、北郷正輝のやり方に反発。
そしてその反発は争いを生み、全面戦争を匂わせたが――知識の仲裁で、正義と勇気の決闘へと何とか規模縮小。
しかし、美徳の力は契約者最強。
それがぶつかり合うとなれば、国家間どころか自然災害のぶつかり合い。
一条宇宙の風の龍が、北郷正輝の肉体ごと地面を斬り裂き――
北郷正輝の破滅の拳が、一条宇宙の脳天を叩きつけた地面を中心にクレーターが出来――
破壊しているのは、相手の肉体ではなく決闘の場
そう言わんばかりに、2人は相手ごと決闘の場を僅か数秒で破壊し、吹き飛ばし、原形をとどめないほどまで破壊し、蹂躙しつくす。
そして決着がつくころには――
立っている事自体が不思議という物ではなく、何故彼らの肉体は壊れていないのか――と、疑問に思うほどその場所は壊されていた。
その惨劇の場の結果は、北郷正輝の勝利で終わった。
「――あれから一気に、北郷さんが正の契約者の盟主に繰り上げ。宇宙さんはほぼ失脚したも同然の形になっちゃって」
「――あたしは、宇宙兄に賛成だよ。負の契約者にだって、ユウさんみたいな物わかりのいい人だっているし、光一にひばりだってあんな風に仲良くなれたじゃん……あたしには、光一やひばりが殺さなきゃならないだなんて、思えない……いや、思いたくない」
「――僕も同じ。だから美徳から離れてでも、宇宙さんについていくって決めたんだよね?」
「だな……考えてみりゃ、容易な道じゃないのはわかってたんだ。だったら多少の妨害程度でへこたれちゃあ、あんなボロボロになってまで意思を貫いた宇宙兄に、合わせる顔ねえや」
「うん、それでこそ綾香だよ」
――所変わって。
「――え? 光一兄ちゃんと、ひばり姉ちゃんが?」
「そう、裕香ちゃんを迎えにね」
攫われた際に暴行を受けたため、朝霧裕香は勇気の医療班に治療され、勇気の宿舎のベッドで横になっていた。
そのガードには、勇気の契約者が直々に買って出ている。
――再び攫われる様な事があれば、この世界から平和の2文字が消えかねないし、何よりこちらから持ちかけた同盟だと言うのに、結果として向こうに大損害を与えてしまった事。それが宇宙にとってつらかった。
北郷正輝に負けた事。
美徳を離れ、憤怒と手を結んだ結果が、契約者社会の現実を突きつける結果となってしまった事。
――これから一体どうすればいいか。
それすらも、宇宙にはわからなかった……しかし。
まだ、終わる気などなかった。
「――ここでは寝るだけだったけど、いつかまたおいで。遊ぶ場所に美味しい料理を出すお店や、楽しい所に連れて行ってあげるから」
「――アイスクリーム食べたい」
「それなら、宇佐美……俺の妹が良く食べに行く所が美味しいって話だから」
「うん!」
コンコンッ!
「? どうぞ」
カチャッ!
「失礼します」
「綾香に鷹久か。準備は?」
「出来てます――が、ちょっと良いですか?」
「? わかった」
「お菓子持ってきたから、一緒に食べよーぜ」
「――わぁっ」
「ぜーんぶ食べていいぞ」
「――光一たちの乗ってる列車が!?」
「はい――先ほど、そう連絡が」
「……乗客のデータは?」
「――確認しましたが、誠実期待のルーキーが乗ってる事以外は、妙な所はありません」
「……情報規制はやってるか?」
「勿論。正義に知られたら、列車ごと吹っ飛ばされかねませんから」
「“吹っ飛ばされる”だ……連絡は取れないか?」
「――無理です。妨害電波でも出してるのか、繋がる気配がなくて」
「……今の地点は? 裕香ちゃんを連れて、駅へと向かうぞ」
「え? ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。幾らなんでもあんな幼い子を――」
「俺の傍以上の安全な場所が、このナワバリの中あるのか?」
「――わかりました。綾香」




