第23話
「双方剣を納めたまえ!」
突如乱入した声。
それに、勇気と憤怒の戦いは阻まれた。
声の主は、知識の契約者、天草昴――と。
「――! 裕香!?」
それに抱きかかえられ、痛めつけられた状態のユウの妹、朝霧裕香の姿が。
「ユウ……にい……」
「裕香!」
「焦らなくても、ほら」
昴がゆっくりと、あまり揺らさない様に裕香をユウに差し出す
「……良かった」
「ユウ、兄ちゃん……怖かったよぉ!」
「ごめんな……本当に、ごめん」
剣を落とし、ユウは昴から裕香を受け取り、ゆっくりと抱きしめる。
「――何故お前が?」
「憤怒の様子がおかしいって報告があったから、わざわざ出向いて調査したのさ。美徳が人を救って悪いのかい?」
「タイミングが良すぎるだろ。俺達だって、“接触感応”で光一の血のメッセージを読み取った上で知ったっていうのに……まさかと思うが」
「誤解しないでくれたまえ。僕は自分の責務を果たす為なら、汚名なんて幾らでも被る覚悟はある。でも人としての責務を、外道として果たす気まではないよ――その辺りの分別位付けている」
「――そうか。悪い」
それだけの会話を交えると、ネクタイを直し肩をすくめる。
「? ――何故何も言わない?」
「今回は正の契約者の暴走だからね。こちらの落ち度でもある以上、文句は言えないさ――それより、早くその子を病院へ」
「ああっ、そうだな。綾香」
「ん、了解! ユウさん、その子預かるよ」
「――頼む」
綾香がユウから裕香を受け取り、“瞬間移動”で去っていく。
「……すまない、宇宙。それに昴も」
「いや。さっきも言ったが、俺も妹がいる以上お前のやった事を責められない――それに一般人に被害が出てない以上、まだ事情説明で何とかなる」
「たっ、大変です!」
会話を遮るように、憤怒の傘下契約者が1人息せききって駆けてくる。
「? どうした?」
「正義の侵攻が!」
それを聞いたその場全員に、心臓が跳ね上がる様な感覚がはしった。
「北郷が!?」
「――どうやら北郷さん、今回の事を聞きつけたらしいね。被害状況は?」
「――既に、境の警備は破られ、近隣の街は」
「くっ……光一、ひばり、急いで戻るぞ!
「わかった!」
「うん! クエイク!」
「鷹久、俺達も行くぞ」
「はい!」
「――僕も行こう。事情は理解している手前、彼を止めなければ」
「――移動制限、今日も続くみたい」
「保障は出るって話だけど――あんまり長引いてもらっても困るぞ。仕事だってあるのに」
「せめて、格安のデリバリーの手配はして欲しいけどね――幸い機能が特売日だったから、しばらくは大丈夫だけど」
「――まあ今は家族サービス位するか。正人、宿題は終わったか?」
「うん」
「よし、じゃあ今日は一緒にゲームするか」
「やった!」
バギャアっ!
「!?」
「なっ、何!?」
ザッ!
「なっ、なんだよアンタ!? いきなり人の家に……」
「……これより、正義を執行する」
「え?」
グシャアっ!!
「きゃあああああっ!!」
「ひいいいいいっ!!」
「撃て!」
ドドドドドドドドッ!
「ぎゃあっ!」
「うあっ!」
正義の侵攻。
それは、矛先となった場所から文明の痕跡を、地図から消し去るも同然。
矛先となった個所は、命という命が全て消され、建物という建物は全て破壊され、その後に焼き払われる。
「――朝霧は何故こない? 残虐と悲愴どころか、下級系譜すらも殆ど出さないとは」
「今調べた結果、どうやら勇気のナワバリに」
「――裏切られた揚句、責めいられるとは物笑いの種だ。ならば憤怒のナワバリをすべて焼き払った後、攻撃を仕掛ける」
「勇気への援護ですね?」
「違う。両方の壊滅だ――如何に美徳といえど、正しくもない者に命を持つ資格はない。ナワバリごと焼き払ってくれる」
「りょっ、了解しました!」
正義の契約者、北郷正輝。
その存在と苛烈な正義で、世の契約者犯罪の半分以上を抑えている、秩序の地盤と称される美徳最強の契約者。
――負の契約者どころか、その庇護下に入っている一般人、果ては正の契約者ですら自分が敵とみなせば容赦なく始末する事で有名な、世で最も多くの人間を殺す男。
しかしその反面、彼のナワバリ下で犯罪を犯そうとする者は1人としておらず、“いい子でなければ北郷正輝が殺しに来る”と、現実味を帯びた躾を行われる事があるため、余所と比較すると驚くほど犯罪どころか、トラブルは起きていない。
――実際、契約者の横暴に怯えて暮らすよりずっとマシという考えから、彼のナワバリ下で暮らしたがる者も多く存在する。
「では――ん?」
――所変わり
「はっ……はっ……」
「いきなり何なんだよ、一体?」
「声が大きいよ、錬」
「――間違いなく、どこかからの攻撃があったとしか思えないわね」
「……ボク達、一体どうなっちゃうの?」
修哉、錬、和人、紫苑、愛奈。
その5人は、いきなりの避難勧告で一般人の集団に交じり、他勢力侵略時避難用のシェルターへと、誘導されるまま移動していた。
「――まさか、連絡がつかないのは」
「ぎゃああっ!」
突如、集団の後方から銃声、そして断末魔が上がった。
集団がパニックに陥り、我先にと駆けだし始め――
修哉、錬、和人、紫苑、愛奈はその集団からはじき出される様に、脇道へと出ていた。
--その次の瞬間、その集団に熱風の嵐が襲い、老若男女全てが無残に殺されて行く。
「……一体どうなってんだよ? 完全に容赦なしじゃねえか」
「わからない、でも……」
「――うん。あっちを絶対に見ない方がいいね」
「……ボク達も、殺されちゃうの?」
「――しっかりしなさい。きっと助けは」
「来ない」
断言する様な声が掛けられたと同時に、5人の全身からぶわっと冷や汗が吹き出した。
--ゆっくりと振り向いた先には、右手だけを露出させて全身を鉄板で包む様な鎧を纏った、2mを超す大男。
手には、一般男性の腕を一回り太くした様な金属製の筒を持っている。
「――正義の鉄槌を受けよ、罪深き負の契約者の家畜ども」
「ちょっと待て! 責めて、女だけでも!」
「負の契約者の庇護を受けた者は、男だろうと女だろうご子供だろうと、等しく悪だ!」
大男は、露出している右手を筒に突っ込み、それを修哉達に向ける。
筒の周囲の空気がゆがみ始め、修哉達も異様な暑さに襲われる。
「まさか、今の熱風は」
「その存在を蒸発させてくれる! 死ねい、“高熱砲”!!」
“もうダメだ”
そう思った5人は、一斉に目をつむり――
「ぐあっ!」
――先ほどの男の悲鳴が聞こえ、金属が地面に落ちた音が響く。
5人は恐る恐る目を開けると……
「すまない、遅くなった」
「もう大丈夫だからね。今安全な所に避難させてあげるから」
目の前には、憤怒の上級系譜の2人が--自分たちの味方がいた。
「こっ、光一……」
「――たっ、助かった……」
「……もう、ダメかと思ったぜ」
「――生きた心地しなかったわ」
「うっ、うぅっ……こわかったよおっ……」
5人は死に直面した所為か、すっかり脱力しへたれこんでしまう。
「――良く頑張った。クエイク、5人を連れて地下シェルターへ。ココは俺達が」
「――やっと出たか、上級系譜」
「――っ!」
―――光一とひばりをクエイクに乗せ、先行させて侵攻を食い止める。
そう言う方針で、憤怒、勇気、知識は正義の軍勢による侵略を阻止しつつ進んでいた
「憤怒だ!」
「え? 勇気に--知識まで!?」
「構わん、やれ!!」
「“巨人の剛腕”!」
「“噴射拳”!」
「――“ライトベロシティ・ナックル”」
マグマの巨腕、暴風を噴き出す拳、光速で放たれる拳。
それらにあえなく蹴散らされ、制圧されていく正義の軍勢。
契約者の頂点が3人――通常戦力や系譜でかなう訳もなく、彼らの進む先に敵はない。
ドゴォオン!!
「!」
「あっちか!」
「――間違いないね」
3人は駆け、轟音の響いた場所へと向かう。
「……光一!?」
「――嘘、だろ? パワードスーツを簡単にぶっ壊すような奴をだぞ!?」
「――悪夢だ」
「……笑えない冗談よ、あんな簡単になんて」
「――久遠さん!」
その場にへたりこむ5人の一般人。
――その眼前では
「……はぁっ……はぁっ……」
「――我に悪とみなされたら、大人しく死なんか」
へし折られた双剣が足元に転がる、両手に銃を構えたボロボロの状態のひばり。
そして、正輝の攻撃をまともに食らい、横たわる光一。
「北郷おぉぉおおおおおっ!!」
「!」
ガシィッ!!
「――これはこれは。負け犬の勇者に、裏切りの罪人ではないか……丁度良い、出向く手間が省けた」




