第18話
死傷者、捕らえたテロリストの搬送
サイボーグ、あるいはパワードスーツの残骸の処理。
それらを終え、式の中止およびクエイクの即時配備を発表。
「性能は今ので十分アピールできた。後は如何にデータをとって、後続の量産機開発を充実させられるかで、これからの俺達の在り様も変わるな」
「――そうだね」
「そんな顔するなって。クエイクの技術を、何も戦闘用ばかりって訳じゃない。フレームから人工知能まで、1つ1つでもレスキューから医療福祉と、これから次第で別の用途に昇華するプランは立てられる」
「――じゃあ、頑張らないと」
それらの雑務を終えた光一とひばりは、そんな会話を交えつつユウ達の元へ。
「さて――こんな形になっちまったが、クエイクの運用は“憤怒”と“勇気”の共同で行う物とする。そして、運用における条件は互いに提示してある物でよろしいか?」
「はい。そちらの提示した条件は、全て承諾します」
「――以上だ」
「はい――政府首相、井上弥生。確かに見届けました」
――所は、憤怒の迎賓館。
他の大罪、あるいは美徳を交えての話し合いの場のために設けられた場。
個人のやりとりレベルの物での、首相の立ち会いのもとでクエイク運用における条件提示。
それを済ませ、3人は一息つく。
「――やっぱり、テロを目の当たりにした後だと、精神的に来るものがあるわね」
「無理なさらないでください、首相。貴方は俺達契約者にとって、なくてはならない方なんですから」
「……そうね」
ユウと宇宙はともかく、首相は一般人側の人間。
増して年配の身体ともあり、精神的な疲労は肉体にも影響を与えるだけに、ユウも宇宙も心配していた。
コンコンッ!
「入れ」
「失礼します。事後処理、修理、そして被害者への賠償と保証、全部終わらせました」
「クエイクは指定のラボへと搬入しました」
「そうか、御苦労さま。光一、ひばり」
たったったった!
「宇宙兄。共同ラボに勇気の技術者は無事到着した、もう共同整備は始まってるよ」
「綾香、首相の前だよ!?」
光一、ひばりの報告後。
綾香が慌しく入って来て、鷹久がそれを戒める。
「…………」
「宇宙兄?」
「え? ああ、綾香? ――すまない、ちょっと疲れてただけだ」
「大丈夫か? 宇宙兄」
「……綾香、ちょっと下がってよう」
憤怒の上級系譜暗殺、勇気と慈愛の戦争未遂、そしてクエイク奪取と首相暗殺。
――憤怒との同盟を機に、大地の賛美者のテロが立て続けに起こり、多くの被害が出ている状況。
――守りたいと願うが故の決断が、逆に多くの犠牲を生んでいた。
「――ああ、それともう1つだけど」
「なんだ?」
「お客さんだ」
「客? 誰だよ?」
「僕だよ」
そう言って、ひょっこりとドアから顔を出したのは、スーツを纏い、長髪にメガネをかけた知的な雰囲気を纏う男、
「昴……!」
「久しぶりだね、朝霧君。お久しぶりです、首相。お元気そうで」
「ええ、昴君も元気そうね。でもあまりいい噂を最近聞かないのは残念だわ」
「――これは失礼」
知識の契約者、天草昴。
美徳の一角にして、契約者の頂点の1人。
「――さて、宇宙君」
「――戻れって話なら断る」
「首相がまきこまれた以上、美徳側も黙る訳にはいかないんだ」
「――俺は……いや、俺達は北郷のやり方について行けない」
「だからこそ戻るべきだ。彼のやり方に不満があるのはわかるが、必要な事だ――それがわからないほど愚かではないだろう? 君も」
正義の契約者、北郷正輝。
負の契約者を絶対悪とみなし、彼の出陣は敵対者の殲滅を意味する、と比喩される程の苛烈な思考の持ち主で、契約者と一般人の殺害数は契約者1とも評されている。
――しかしその反面、彼のナワバリではありえない程犯罪は起こらず、更に負の契約者の被害に遭った一般人からの指示も強い。
実際、決まりやルールを守っていれば、穏やかに暮らせる利点も存在するため、彼のナワバリは人口も多い。
「ああ、あいつのやり方が今の世に必要なのは認める。だがあの事件――負の契約者だって理由で罪もない人を家族諸共に殺した事、許す訳にはいかない」
「――許せないのは理解できるし、君の言い分を否定はしない。だがそのおかげで、予想された犯罪発生率は格段に下がって」
「そう言う事を言ってるんじゃない!!」
昴の言い分に、宇宙は激高。
「だから? ――君1人が、大罪でも物わかりが良い憤怒と手を結んだ程度で、世の問題が解決する訳がないだろう」
「――出来ないと決めつけて、このまま互いに喰いあえと? ……正だ負だ人間だってぬかして、潰しあえとでもいうのか!?」
「そうは言わないが、自分の欲望のために、命の価値に唾を吐きかける者、人を食い物にする者の方が明らかに多い
「人が人の命を蔑ろにした先に、平穏なんてあるとは思えない」
「人である事に意味はないよ。増してその平穏を忌み嫌い、平等を踏み躙るのも人なんだ」
「それを戒めるのも人だ」
――しばしの沈黙の後、昴がはあっとため息をつく。
「――仕方ないね。今日は失礼させて貰うよ」
「――潔いな?」
「首相の前であまり見苦しいマネをしたくないだけさ。だが――」
「場合によっては戦争もあり得る――なら理解してる」
「それならいい」
さて――という風に、次はユウの方に顔を向ける。
「朝霧君。君も――」
「わかってるさ」
「なら良い。それでは――」
と言って、近くにいたひばりに手土産を渡し――。
「――僕はこれで失礼するよ」
と言って、去って行った。
「――これじゃ段階とか、悠長な事は出来なくなったな」
「……すまない。だが」
「まあ、俺も同じ気持ちだから良いですけど――予定を検討し直しますんで、俺はこれで」
「あっ、あたしも手伝う。宇宙さん、あたしも光一君と同じですから――待ってよ光一君!」
「…………」
『――我はただ、遊び感覚で大事な物を奪われた者達を守りたいだけだ』
『お前に救われた存在が居る事は否定しない――そのお前が、命の価値に唾を吐きかける様な事をした事を否定してるんだ』
『命が大事と、すでに唾でまみれた絵空事をほざいた所で、何一つとして変わるか! 夢を追うより、現実を見ろ! 大人になれ、一条!』
『お前も所詮はその1人か!!』
「……」
「? どうした、宇宙?」
「――結構短絡的だなって反省してた所」
「立派な事よ。後悔しない事と出来ない事とは意味合いが違うんだから。私は、後悔しないやり方を選ぶ宇宙君の姿勢は、良いとは思うわ」
「――ありがとうございます、首相」




