第139話
「ふぃーっ……げふっ」
数日分の寝食を忘れた反動分を食べて、ある程度の報告が終わり太助は自身の研究ラボへと、歩を進めていた。
城には大浴場があるのだが、太助は人混みが嫌いなので使った事がなく、もっぱらラボに設置されてる狭いバスルームで済ませてしまう。
「――一体正輝様は、どうされてしまったんだ?」
「……疑う訳ではないが、仲裁派閥などとバカな考えに賛同するなど」
「冗談じゃない。正義は勝つ――故に、悪を滅ぼしてこそ平和が保たれるのだ。情だの人道だの、そんな事に拘っていては何も出来ん」
「その通り。だが今は耐えるしかあるまい――正輝様あっての正義、正義あってこその我らだ。それを忘れてはならん」
「しかし、もどかしい――こうしている間にも、悪がはびこっていると言うのに」
ふと通りがかった、ある一室の前にて。
恐らく戦闘部隊のモノだろう声で、そんな不満に満ちた会話が聞こえてくる。
「――やれやれ」
ただ、この手の会話は既に日常だった。
そして、戦闘部隊が込めているのが不満だとしたら、住民達は不安という風に。
基本的に、住民達は正義の方針を受け入れている。
というより、本物の正義の味方の様に扱っている者も、少なくはない。
太助が追われてるのは、もっぱらそう言う住人達が暴動に出た際の説得役。
『東城先生からも何とか言ってください!!』
『欲望があれば成り立たない物が平和でしょう!!?』
『悪党を退治してこその正義じゃないですか!』
――その説得も、日に日に大変になっているのが最近の悩みだった。
しかし、無理もないなと思っていた。
それだけ、正義の方針を支持する声が強い。
だと言うのに、周囲は何もしない所かその様子を特ダネとみなし報道するか、狂人あるいはバカの類に見る位しかしていない。
それが話を余計にこじらせ、住民達に余計な不満と憤慨を与えていた。
特に問題なのが――
「――まあいいや、白紙に戻るのも時間の問題っぽいし」
そう考えた途端、急に気が楽になった。
“自分たちで方針の検討を台無しにしてくれるんなら、僕達が一々怒る必要もない”
そう言えば、大概は納得して貰えるだろう。
勿論暴論だと言う自覚はあるし、反発するだろうが知った事ではない。
と考えているうちに、太助は自身のラボへと到着。
「んーっ……やっぱ良いねえ、静かで薄暗い空間は」
自分以外は誰も居ない無機質な廊下、薄暗く設定された照明。
太助は自然に歩を進め、ある部屋へと入り――
「えーっと……あっ、メンテナンスが明後日か。準備しないと――」
スケジュールを確認し、着て行く服と医療道具にメンテナンス器具一式。
それらを取りそろえて準備し――
ピーっ!
「ん?」
風呂上がりに、ふと聞こえた電子音。
何かと思い、端末室に足を踏み入れ――
『――突然の連絡、すみません。東城太助さんのラボで、間違いありませんか?』
「……? 来島、アキ?」
入ってきたのは、電話連絡。
その相手は、来島アキだった。
「――どうやって僕のラボを調べたのさ?」
『あなたの本業は医者でしょう? 私にこちらの技術で勝つのは、まだ無理のようですね』
「――成程ね」
訝しげに尋ねる太助に、アキは平然とそう返し、太助はなるほどとうなずく。
そこで太助が大あくびをして――。
「――で、どうしたのさ? さっきまで住民達の説得に駆けまわってて、久々に帰ってきた上に明日は予定が組まれてるから、手短に済ませて欲しいんだけど」
『そちらも忙しい様ですね』
「そりゃあね。まあ、その様子だと危機感持ってくれてるようで安心した。こっちは世の中が、正輝様の発表の意味を考えもしないお気楽極楽のアホぞろいの所為で、寝る間も……っと、それで要件は?」
『こういう世ですからね。私も出来る事位はやろうと思いまして』
「?」
太助は首を傾げた。
『東城さん、正義のナワバリにあると言うサイ――』
「ダメ」
『せめて最後まで言わせてください』
「サイボーグ保護区画を視察したいって言うならダメ。言っとくけど、これは信用できる出来ないの問題じゃないんだ」
『でしたらせめて、その辺りの理由位は聞かせてもらえませんか?』
「良いけど……」




