第135話
「――えーっと」
仲裁派閥に厄介になる事、早3日。
党首は本気で取り組んでおり、党員にも特に妙な素ぶりをする者はいない。
派閥その物に問題はないし、議会も不毛な争いを続けるよりは――という考えが、正義派閥にも勇気派閥にも現れ始めていた。
しかし、議会がそうでも世の中までそうだと言う訳でもなく――。
「――相変わらず、なんだよね」
大地の賛美者の幹部、パトロン、そして今まで素性が明かされなかった盟主。
それらが某所の屋敷にて、惨殺死体で発見され――大地の賛美者は、弱体化を余儀なくされた。
しかしそれで終わりでもなければ、反契約者思想団体は大地の賛美者だけではなく――
――コトッ!
「――?」
宇宙への報告書を作っている鷹久の手元に、コーヒーの注がれたカップが置かれた。
振り向いた先には、メガネのを掛けた温和な雰囲気を漂わせる青年、岩崎賢二。
「一条君への報告書ですか?」
「ええ――勇気としては、方針を通す事より契約者社会の安定ですので」
「よくわかっている様でなによりです」
にこにこと笑みを浮かべる彼の言葉に、他意は感じられなかった。
「それと――」
「?」
「もうすぐこちらに、クラウス君が来訪するそうですよ?」
「クラウス……なんでそんな事を?」
「今回の事で、一番腹をたててるのが正義のナワバリですからね。よくよく話し合って、遺恨が残らない様にする事をお勧めしますよ」
「そうじゃなくて、貴方達の真意が全く見えない。貴方自身は、どう考えてるんですか!?」
「どう考えてるも何も、僕達は君達も正義も敵とみなしてはいないからですよ」
さも当然と言う風に、賢二は鷹久の問いにそう返す。
「それとも君達にとって、正義は敵なのですか? だとしたら、僕達としても黙る訳にはいかないのですが」
「黙る訳にはって……」
「――“正義”に対する否定権は、僕達“傲慢”にある事位は理解している。そう思ったのですけどね」
「それで黙れと言える様な――」
「僕達が黙れと言っている内は黙ってください」
その言葉には、鷹久もカチンときた。
確かに、大罪と美徳の間柄を考えれば、正義に対する否定権は傲慢にある。
しかしそれで黙れと言える様な事ではない以上、賢二の言い分には素直に従う気にはなれなかった。
「――貴方達は一体何様のつもりですか?」
「その言葉はそっくり返しますよ。何も理解する気がない輩が、どの面を下げて世界の秩序を否定するのかとね――まあそれも、この仲裁派閥の流れ次第では変わるでしょうけど」
「ええ。正義の方針の根幹に、今以外の答えを探そうとしなかった事が含まれてる事は認めます。そして北郷さんに、大罪美徳の理を軽んじる気がなかった事も」
「そうですね――正義がこれを無視するようなら、流石に僕達も黙ってはいませんでしたが」
そこで鷹久は疑問を抱いた。
流れによっては、傲慢は正義と戦うつもりはあった。
しかし話からして、正義に和平を考える余地がなかった場合という事に……
「――狙いが見えないんですけど?」
「見えなくていいですよ。僕達は別に、契約者社会の根幹を無視する気も、それを壊すつもりも毛頭ない事だけをわかって頂ければ」
「……余計にわからないんですけど」
「だから、わからなくていいんです。今のままで居れば、君達は僕達の敵ではない――そして正義も、このまま無事で済めばそれで良い。勿論これは、ここに来る際に聞いた大神君の考えですから、信憑性はありますよ」
「……人が死ぬのを無視できる人を、信じたくはないんですけど」
「生き血がお金に見えるよりは、とでも思って下さい」
正義の事情を裕樹から聞いた以上、皮肉も込められている事はわかった。
そう言って、賢二は踵を返し去って行った。
ここで追いかけ、問い詰めた所で傲慢の真意はわかりそうにない。
それに……
「――クラウスと、か。そう言えば衝突してばかりで、話す事してなかったな」




