第134話
正義のナワバリ、サイボーグ義肢装備者保護区画。
サイボーグテロ以降、危険視され暴動が起こる事態に陥り、正義のナワバリにしか存在しない、サイボーグ義肢をつけた者とその家族が暮らす自治区。
外界との接触は一切断たれ、欲望を斬り捨てた正しき世界の見本のような、箱庭とも言えるだろう環境ではあるが、文句を言う者等1人していなかった。
金で売られたという事実、自分達を凶悪な兵器と見なし弾圧する世界、救いを地獄の入口に変えた人間。
正義の欲望を斬り捨てた正しき世界の根幹が、ここには存在する。
「――東城先生、オレに戦闘用義肢をつけてくれよ!」
「ダメ。そんなことしたら、後から後からキリがないよ」
「頼むよ! オレだって九十九様みたいに、欲望を持った悪い奴等をやっつけたいんだ!」
ここでは、正義を否定する者はいないどころか、本物のヒーローとしている。
寧ろ反契約者思想、今の契約者社会の恩恵を受ける人間その物、犯罪契約者の横暴。
それらに対する不満の吹き溜まりでもあるそこは、正義の戦闘部隊に負けず劣らず――見方によっては、それ以上の殺意と狂気をもつ。
「お願いします! 東城先生。このまま手をこまねくなんて、」
「私達だって、九十九様の様な契約者の方々に劣るやもしれませんが、戦闘サイボーグとして皆さんのお役に立つ事は出来ます!」
「どうせ正輝様なくして、生きることなど出来ない畜生の身です。正輝様の為に、正義のために働ければ本望です!」
「僕達、正輝様の為に死ぬ覚悟など、いつでもできてます!」
最初に太助に訴えかけた子供に同調するように、周囲も太助に訴えかける。
というのもここ最近事で、住人達は殺気立っていた。
正輝の方針が揺らぐ――正輝に頼らねば生きる事が出来ない所か、許されないサイボーグ義肢装備者にとって、今の安息が揺らいでるも同然。
元々人に見限られ、押し込まれたも同然の彼等にしてみれば、今の平穏さえ守れれば外がどうなろうと知った事ではない。
彼等にはもう、北郷正輝の元で今を平穏に生き、東城太助の恩恵を受ける事さえできれば、他がどうなってもかまわない――それ程までに情も欲望も、失せていた
ここにあるのは、ただ平穏に生きる事――それだけが生きる理由であり、絶対の掟。
太助も、ここの住人を自身達の戦力とすれば――そう考えなかった訳ではない。
しかし――
「早まらない」
「けど――!」
「まだ正輝様は、正義の意思を捨てた訳じゃない――いま人の間で変化があるから、それがうまく行けば僕達が悪になりえるかもしれないから
「信じていい訳がありません! どうせまた言い訳と誤魔化しで……」
「その時はまた決起すれば良いだけさ。僕だって外の連中を信じた訳じゃない――それで良いだろう?」
――どこかで自分と重ね合わせている太助には、出来なかった。
「――笑える話だよ。洗脳じみた事が、平然と出来るくせにね」
説得および、メンテから帰って――
もうすぐ、仲裁派閥と接触する為の使者となるクラウスと、礼拝堂で会話していた
「――貴方もどこかで、人を許したいと思っている証拠ですよ」
「許したい、ね……なんとなくだけど、あの時に夏目綾香に来島アキに――あのおちびちゃんが、僕達をどうして止めようとしてるのか、わかる気がしてきた」
「太助さん」
「けど、それとこれとは別さ。過去は消えないし、サイボーグ義肢装備者達の――僕達の怨念は消えないんだから」
太助の声から、感情が消えた。
クラウスは底冷えする何かを感じ、戦闘でもないのに身構えてしまう。
「ねえクラウス――幸福って何か、考えたことある?」
「幸福、ですか?」
「そう、幸福――成長だの発達だの、所詮はそんな物を求めてるから、なんだよね」
「幸福を求めるのは悪い事ではありません」
「そうだね――僕だって医者さ。サイボーグ義肢を開発して、手足を失った人たちがまた立てる様になった、また手を繋げる様になった……そう言ってくれるのが、何よりもうれしかったよ。そう言う人の喜ぶ姿が、僕にとっての幸福だった――けどね」
“幸福には限りがある”
「――それがわかったよ。どれだけ文明が発達しようと、どれだけ強い力を持とうと、幸福の量は絶対に変わらない。平等にするにはあまりにも少なすぎて、独占するにはあまりにも儚過ぎる……だから誰もが奪い合い、そして歪むんだよね」
太助が白衣から医療用ナイフを取り出し――掌に突き立てた。
「こんな風に、血の色に魅入られてさ」
痛みを感じていない訳がない。
にも拘らず、太助は意にも介さないかのように、ナイフを抜いて血を拭う。
「……時々、貴方は正気なのか正気のフリをしているのか、わからなくなります」
「そう?」
クラウスは第三次世界大戦の孤児で、その際牧師に拾われ育てられた。
その育ての親を犯罪契約者に殺され、自身も――という所で、たまたま通りがかった正輝に救われ、その恩義に報いるために契約者となった経緯を持つ。
幸いなのか不幸なのか、たまたま契約者としての才能に優れていて、驚くほどに短期間でクラウスは上級系譜にまでのし上がった。
しかし、クラウスにはそれに対する満足感も、達成感もない――あるのはただ、恐怖だった。
正義は最初からこうだった訳ではない――全ては変わる。
北郷正輝が、椎名九十九が――そして、眼の前に居る東城太助がそうであるように。
「――変わりますよ」
故に、今回の事で何がどう変わるかなど、わからない。
自身も椎名九十九の様になるのか、それとも椎名九十九が自身の様になるのか。
しかしどんな歪な変化だろうと、自身が変わろうとしなければ、誰も変わってはくれない。
更に言えば、それを見ようとしなければ変化など訪れる訳がない。
「……変えようとしなければ、何も変わりはしません。変わろうとしたから、正輝様も変わろうとした……ちがいますか?」
「そうだね。これがダメだったら、本気でサイボーグ部隊の創設も考えないと」
「太助さん、それは……」
「戦闘用義肢が横流しされただけで、暴動でも起こしかねない剣幕だからね。クラウス、その辺りは仲裁派閥にも、今出向いてるって言う“勇気”の所の使者にもくれぐれも伝えてね」
「――はい」
これが齎すのは、暴走なのか平穏なのか。
クラウスは此度の使者の話を、重く受け止めていたつもりだったが、それでも甘かったと自覚した。




