第132話
「仲裁派閥党首の元へ、ですか?」
「ああっ。いくらナワバリの治安維持で手一杯とはいえ、出来るだけ早く接触したい。頼まれてくれるか? 鷹久」
「わかりました」
「けど宇宙兄、タカだけで大丈夫かな?」
「これは交渉事だ。綾香ならともかく、鷹久なら心配ない」
「自覚あるけど、ハッキリ言うのひどくねえか!?」
「それに何より、人員に余裕がない。本当なら鷹久に抜けて貰うのも、かなりの痛手なんだ――だけど、それ以上に気になる事もある」
「――さて、と」
部下数名を引き連れ、政府直轄区画に足を踏み入れ――ビシッと両の頬を叩いて、気合を入れる。
正義派閥か勇気派閥か――そのどちらかでしかなかった政府議会に、新たな選択肢を与えた派閥、仲裁派閥。
ただそれだけなら何事もなかっただろうが、正義の方からこれに対する答え――発表があり、世は今変化の時を迎えていた。
しかしそれを見逃す程、反契約者思想も呆けてはいない。
正義派閥と勇気派閥の対立という、行動を起こすには最適な状況の打破しかねないともあってか、あの手この手でこの派閥を潰そうと躍起に。
テロ実行部隊に、派閥の党員を襲わせたり……
スキャンダルで陥れるべく、諜報部隊に暗躍させたり……
まあその悉くが、護衛を買って出た傲慢から派遣された岩崎賢二により撃退され、看破されの散々な目に遭っていた。
「――考えてみれば、おかしな話だなあ。勇気と正義の間を取り持とうって派閥なのに、それに降りかかった災難を傲慢が払ってるなんて」
仕方がない――というのは、鷹久とてわかっていた。
正義は正義で、ナワバリで発表撤回を求める住民達を宥めるのに手一杯で、自分たちも自分たちで治安維持に集中せねばならない。
それこそ、今鷹久がこうしてここに来ているだけで、大きな痛手になる位に。
勿論、痛手覚悟で鷹久をよこしたのにも、理由はある。
勇気としては、仲裁派閥と接触がしたかったのもあるが、その護衛を行っている傲慢のメンツの中に、見知った――それも、混ざっている筈のない顔が1人。
その情報は憤怒から届けられた物で、本当なら憤怒の方で調査をしたかったそうなのだが、幾分上級系譜を1人失った事もあり、その穴埋めを含めて四苦八苦している状態。
「――これ、本当なのかな?」
鷹久は憤怒から送られてきた、仲裁派閥の護衛を任された傲慢の傘下契約者の写真に目を向ける。
野心の契約者、岩崎賢二を始めとして、他にも系譜としてはそれなりに名の通った実力者を数人――そして、巨人も1人揃えている。
その中の、漆黒の肉厚の刃の剣――それも形状こそ普通で、写真越しだと言うのに偉くまがまがしい雰囲気を感じる、魔剣と思わしき物を持った、仮面を被っている1人の男。
「――間違いなく、光一だよね。一体どういう事だろ?」
手に持っている剣が魔剣である事はわかる。
しかし、上級系譜ともなれば魔剣にとり憑かれる等とは考えにくいが、裏切りというのも考えられない。
「――考えても仕方ないか」
「鷹久さん、そろそろ――」
「あっ、うん」
そう言われ、鷹久は意識を切り替え事に臨む。
勇気を代表してきた以上、恥をかく訳にはいかない――そう気を引き締め、党首邸宅へと到着した。
「――そうですか。一条君を始めとした勇気の方々も、賛同の意を示してくれるんですね?」
「はい。重要なのは方針をまかりとおす事より、契約者社会を安定させる事ですので。だから正義の発表を受けなくても、僕達勇気は賛同するつもりでした」
「それはありがたい」
場は、仲裁派閥当主の邸宅。
宇宙から預かった書状を手渡し、賛同の意を示すと党首である男性は良かったと笑みを浮かべる。
「まさか勇気と正義、両方から支持して貰えるとは……」
「? 正義も、ここに来てるんですか?」
「ああっ、いえ。まだ来訪こそしてはいませんが、近々賛同の声と共にこちらに来られると連絡がありまして――いやあ、まさかここまでの大事に発展するだなんて。あっ、すみません。長々と」
「いえ、喜んでもらえて何よりです――それでですね」
「ええ、我等仲裁派閥の視察でしたら、是非とも」
「あっ、それもですけど――」
そう言って鷹久は、党首の後ろに控えている2人に眼を向ける。
「――僕達に、ですか? 吉田君」
「貴方達にも、色々と聞くべき事があるので」
「わかりました――では席を外しますので、よろしくお願いしますよ?」
そう言って、漆黒の魔剣を持つ仮面の男に声をかけ、頷くのを見てから鷹久に歩み寄り――その部屋から出て行く。
「それで、要件は?」
「まず、貴方達傲慢がどういうつもりで仲裁派閥に手を貸しているのか。そして、あの仮面の男について」
「ここに来たのは大神君からの指示で、目的は何かと言われても知らないとしか言えません。それと、彼についてはノーコメントで」
「目的がわからないって……ちょっ、それで組織として成り立ってるんですか!?」
「傲慢の真意は、大神白夜のみが知る事――それが傲慢の暗黙の了解ですので」
「……」
一体どれだけのカリスマがあれば、ここまでの事が可能なのだろうか?
鷹久はうすら寒い何かを感じずにはいられなかった。
「それと……」
「彼についてはノーコメントです」
「いえ、憤怒からの……」
「ノーコメントです」
「彼は久遠光一で……」
「ノーコメントです」
表情は一貫して普通で、そこからはなにも読み取れない。
言葉も事務的な雰囲気の物で、そこに感情など込められてはいなかった。
「――肯定と受け取りますよ」
「ご自由に」
カチャッ!
「お話は、もうよろしいのですか?」
「ええ。お時間を取らせて申し訳ありません」
「いえいえ――」
鷹久は仮面の男に目を向ける。
仮面の男は一貫してダンマリを決め込んでおり、何も言わない。
「光一?」
そう問いかけても、何の反応もない。
「さて、ではこれから打ち合わせがあるのですが……」
「あっ、はい。是非ともご一緒させてください……気にはなるけど、集中すべき所が他にもたくさんある以上、こっちばっかって訳にはいかないんだよね」
『――このまま続けて頼むぞ、カオス』
『――畏まりました』
『――さて、来たのは鷹久か。ま、妥当なところだな……さて、どうした物かね?』




