第130話
――一方、正義のナワバリにて。
「正輝様のご意思とあらば、私に否定する理由はありません。ですが、代理とはいえ私も戦闘部隊の責任者なのですから、蔑ろにされるなどと……」
「――それに関してはすまなかった」
正義戦闘部隊長代理、冬野智香。
この度の発表で、現在は戦闘部隊の抗議を宥めるべく四苦八苦している、下級系譜でありながら今や正義の重鎮の1人。
自身がのけものにされた事もそうだが、今回の事で知らず知らず激務を強いられた為、不機嫌ではあったが――優等生タイプの彼女は、キチンと職務に励んでいた。
――方法に関しては、ノーコメントで。
「しかし、一体どういうおつもりなのです?」
「――我等も変わるべき時を迎えたが故、発破をかけた」
「時期尚早かと思われます。現に、正義のナワバリの住民達は皆パニックを起こし、宥めた今も不安の声が絶えません」
「……そうだな。しかし、政府内部で変化が起こったのは知っているな?」
「確かに“仲裁派閥”が力を持てば、私達とて変わらざるを得ないと言うのはわかります――ですが、現段階では」
「いざという時に纏まらんよりは、まだ火種が小さいうちにだ。それに、正義の方針撤回に反対する意思の存在も、示さねばならんだろう」
実際今でこそ落ちついてはいる物の、正義のナワバリの住民達の反対運動、政府に対する抗議は既に社会問題としても取り上げられていた。
その事を深刻に受け止める者たちも居れば、罵倒する者も居る。
「――ですが、最も中傷の的になるのは」
「サイボーグ義肢装備者達だろう? ……そちらは既に保護区画を、別の場所に移してある」
大地の賛美者によるサイボーグテロ以降、サイボーグ義肢装備者の風当たりは酷かった。
契約者社会広しと言えど、サイボーグ義肢装備者の保護区画が、正義のナワバリにしか存在しない様に。
「……そちらは、東城先生が黙っている訳がないでしょう。私が懸念しているのは……」
最も、智香が懸念しているのは彼らの安全以上に――彼らの不満である。
「サイボーグ義肢装備者達にとって、正輝様こそが平和の象徴なのです。この発表で、一体どれだけの失望が……」
「――だから真っ先に、我直々に出向いた。太助と共にな」
「……確かに、正輝様と東城先生に頭を下げられては、彼らも黙らざるを得ません。ですが、このような表現を使いたくはありませんが、サイボーグ保護区画は反契約者思想への不満の吹き溜まり――あまり刺激はしないでください」
「……」
沈痛な表情で、正輝は頷く。
「……難しい物だな」
「――でしたら、発表を撤回されますか?」
「何もないままで撤回など出来るか。我は気まぐれでこんな事をした訳ではない」
「――失礼しました。では、私はこれで」
「――お前にも苦労かけるな」
「いえ……正輝様の為ならば」
そう言って、智香が戦闘部隊の宿舎へと向かっていくのを見送り――正輝は苦笑する。
「――さて、と」
その顔を引き締め、廊下を渡り……とある一室に入る。
そこには……
「――お待ちしてました」
「……遅かったね?」
上級系譜、クラウス・マクガイア。
そして、東城太助がそこに居た。
「すまんな……さて、始めよう」
「はい……党としては、正輝様の発表を受けた事で形になったと言えるでしょう」
「そうか……身辺の方は、大丈夫か?」
「はい。少々嗅ぎまわっている輩はいる様ですが……」
今の正輝にとっての懸念は、“仲裁派閥”その物。
何かあれば、正義の方針の暴走は免れない程の重要事項ともあり、正輝はクラウスにその調査、そして護衛を命じていた。
――が、それはあまり意味を成していなかった。
「――傲慢の傘下により、全て失敗に終わっている様です」
「大神か……奴め、一体どういうつもりで」
「正輝様、今はそんな事を言った所で……」
「……そうだな。正直、あいつの手の上に居る様で薄気味悪いが、背に腹は代えられん」
「はぁっ……」
そんな中で太助は、興味なさそうにため息をついた。
「ちゃんと聞け太助――それでクラウス、今回はどうした?」
「ええ、気になる情報がありまして――こちらを」
「ん?」
「……あれ? これって」
クラウスが差し出した写真――そこに移されている契約者の一団の内の、1人の男に2人は着目する。
「ええ……傲慢から“仲裁派閥”の護衛として派遣された契約者なのですが」
「――これって確か、“血染めの黒装束”じゃない?」
「傲慢からというのは間違いないのか? 凶王久遠は、憤怒の上級系譜の筈だろう?」
「それに関しては、まだ何も――ただ、傲慢が憤怒に攻撃を仕掛けたその際、行方不明となっている事は掴んではありますが」
「――待って。手に持ってるの、まさか“魔剣”じゃ?」
「なんだと? ――いや、待て。仮に“魔剣”だとしても、久遠光一は憤怒の“ドロップアウト”の筈。“魔剣”の邪気にとり憑かれるのは、おかしな話だ」
「――じゃあ、裏切ったとか? ……はないか。上級系譜ともなれば、そんなバカな真似する訳もないよね」
「――なんにせよ、キナ臭いな……クラウス」
「承知しました」
「……場合によっては、傲慢との戦争も覚悟せねばならんか」




