第124話
「……」
椎名九十九は首相が去った後、ぼんやりと無限の闇の中に1人。
――という訳ではなかった。
「――いつまで現実から目をそらす気だ?」
「……お前こそ、よく平然と出来るな? 正直気が狂いそうだ」
傍から見れば、ぼそぼそと独り言を言っている様な雰囲気。
しかし、九十九は最近になり、大輔と意思疎通が出来る様になっていた。
目はうつろで焦点があっておらず、身体はだらりと力どころか動きのかけらも感じられない、見る者が見れば死んでるのではないかとまで見える。
「――別に悔いる様な事も、恥じる様な事も何もない。すべては正義の為」
「――それが気が狂いそうだって言ってるんだ。俺はこんな事したかった訳じゃない、誰かが死んだっていいだなんて、思ってなかった」
しかし実際には、脳内で2つの人格――中原大輔と椎名九十九が対話している状態。
実際、口から漏れ出ている声は同じ物でも、込められている雰囲気は全くの別物。
「――笑わせるな。人が死ぬ事が悪い事? 大間違いだ。人が死なずして、何故平和を齎せる? 正義が持つべきは盾ではなく、悪を滅ぼし平和を齎す正義の鉄槌。悪を滅ぼさずして、安寧はない」
「――違う……こんなの。誰かが望んでた物で会っていい訳……」
「――望んでいるとも。ただ、自分に利益を齎すか齎さないかで判断しているだけだ……太助がいい例だろう?」
椎名九十九と中原大輔の主人格を決したきっかけ。
金目当てにサイボーグ義肢技術を流出させ、その所為で起きたサイボーグテロにより、サイボーグ義肢装備者を危険視した者たちが暴徒と化し、万単位で殺された事件。
「――守ることで脅威は取り除けない。平和とは人を守る事ではなく、悪を殺す以外で成り立たない」
「……んでだよ……なんで、こんな……」
「――いい加減に自覚しろ。人が持て囃すのは、それが自分の利益になるからだ。利益が絡まねばゴミ同然、意味が失われれば見向きもしなければどうなっても構わない――これが、人が太助にした事だろう」
「……」
「――わかるか? 人命を尊ぶ、など所詮は上辺の見栄えの為の口実。真実は札束や宝石程度の価値もないゴミ」
「……」
「――真実を見ろ、大輔。人は他人の裏切り方を知っている、自分が潔白だと騙す術も持っている、他人を悪と仕立て上げる頭も持っている……そして、平和ではなく敵の死体を齎す存在を求めている」
徐々に、九十九の声色が大半を占めていく。
元々主導権を取られている上に、元々大輔の意思は否定され――それは今でも続いている。
大輔に抗えるわけがなかった。
「――理解しろ。自分達以外、この世界を救える者等存在しない。利を求める者に、救いなど齎せはしない」
「……」
「――受け入れろ。負の契約者を、そして美徳を騙る“友情”と“慈愛”を滅ぼし、この世界から欲望を消し去り正しき世界を――」
「――! ……いやだ!!」
「――!」
「――まだだ、まだ可能性は、残っている!」
それでも大輔に芯を齎しているのは、“勇気”の契約者
そして自身が目覚めるきっかけとなった、以前交戦した上級系譜達。
「――勇気の事を言っているなら、それはとんだ見込み違いだ。自分に2人がかりで押されていた事、見ていなかった訳ではあるまい?」
「……それでも一矢報いていた。利で者を考えてるやつに、あんな事は絶対できない」
「――くだらん。勇気がどんなに足掻いた所で無駄な事。敵の屍なくして勝利はあり得ない。それを理解していないバカどもに、平和が成せるか」
「――わかってないな、お前は……太助も正輝様も本当は……」
そこで、ガバッと首をあげた
「――夏目、綾香……吉田、鷹久ァ! ……思い、知らセてヤル……貴サまらがァ、いカに間違っテいるカを」
椎名九十九は、身体の主導権こそ手に入れてはいても、独立した人格とは言えない。
今までも、大輔の人格が眠っていたとはいえ、大輔の人格に影響された部分はたしかに存在はしていた。
しかし――
「教えテやラねばぁ、ならない――貴様ラが悪デあり、世界ヲ腐らセる害悪でアる事ヲ!」
それが特異な影響となろうと、椎名九十九は止まらない。
彼を突き動かす正義は、間違いなく存在しているのだから。




