第122話
「――多重人格?」
「あり得ない……とは言えないでしょう。僕達契約者は、人格汚染も精神攻撃も十分可能です。そこから別人格を生んだとしても、何ら不思議ではありません」
「わかり易い話ではあるな。人情と守護を主とした正義を掲げた中原大輔と、絶対と殲滅を主とした正義を掲げる椎名九十九か――けど」
「全てが正しい訳ではない――そんなの当たり前じゃないですか」
賢二の手にある、思念獣装ウロボロス。
それを振るってウロボロスの態勢を変えて、頭にそっと手を当て撫で始める。
「――現実逃避なのか過信なのかは知りませんが、考える事を放棄した時点でそこが終点のはずですけどね」
「まだ終わってない。確かにこの世界が、人の成した結果なのは事実だ――けど」
光一も、魔剣カオスを握りしめ――
背の翼を広げ、剣を持たない手の爪を広げ、その先端に電子レーザーを展開する
「――考え方には欠点があるし、全てを救える訳じゃない。だから欠点を無視して、救えない物を無視し、自分達が満悦の時を過ごせればそれで良い……それを無視できるほど、俺のボスも相方も楽観的じゃない以上、俺だって出来る事やらにゃ申し訳立たねえさ」
「――それは君の意思なのですか?」
「俺の意思だ。俺のボスは朝霧裕樹以外にあり得ない――地獄だろうとどこだろうと、どこまでだってついていくさ」
「――良いでしょう。では……」
賢二と光一が再度衝突しようとし――2人は突如、周囲を見回す。
場所は室内――それも、野球のドーム球場かと言わんばかりに広い場所であった筈。
だと言うのに、そこは空を臨めて、更に周囲は地平線が見えるほどに広く殺風景で、グラウンドの様に平らに整備された、何もない場所。
「――なんだ?」
「――ここは……まさか、大規模訓練場? しかし、何故?」
賢二の呟きを聞きつけた光一は、ここが傲慢の大規模な訓練を行う場である事を認識。
確かにそれなら、何もない平地である事は納得がいくし、恐らく色々な状況を想定したギミックもこの地面の下に埋まっている事は想像できる。
自分達に降りかかった事――恐らく、瞬間移動。
そして、自身達が気付かない程早く、正確な物となると――
ドスっ!
「「――!」」
と、考えている間に、光一と賢二の丁度中間に位置する地点に大剣が飛来し、地面に突き立てられた。
そして、そこを中心に――かなりの広域にわたって、自分たちの周囲を空まで、柱の様に空間が揺らぐ。
「「なっ……!」」
そして、空から突如飛来してくる物――を見て、2人はぎょっと目を見開いた。
遮られた空間内――その中限定で、上空から飛来してくる“隕石群”。
それも小石程度ではなく、明らかに半径で光一達よりも大きな物が。
「ちいっ!!」
光一は、ナイフを思わせる真っ赤な爪の先に展開していた電子レーザーで、隕石を切り裂き、破片をカオスでぶった切る。
「くっ……!!」
賢二もまた、ウロボロスで隕石を真っ二つに切り裂き、削り、薙ぎ払う。
破片もまた、地面に直撃し抉って行く――阻まれた空間内の物だけを
2人はその地面に直撃する衝撃を受けつつ、死力を尽くす。
2人はただ、終わりの見えないデッドヒートを、ひたすらに全力を尽くし続ける。
――その数分後。
「はっ……はっ……くっ!」
隕石群の襲来が終わった途端、光一は元の身体に戻りその場に膝をついた。
顔色が悪く、貧血気味の状態となって
賢二もまた、疲弊していた。
ウロボロスを握るその掌は血まみれとなっており、握力も尽きたのかウロボロスを落とす
地面が2人の立つ場所以外、無残な物と化す中で
「耐えきったか――まあ、それ位でなければ“上級系譜”等と名乗れはせんだろうが」
空間歪曲が解除され、抉られた地面のその先――傲慢の契約者、大神白夜が立っていた。
「テメッ! ……くっ」
光一はいきり立とうとし……よろめきその場に倒れ伏した。
「――大神君、どうされたんですか?」
そんな中で、賢二は今の仕打ちを歯牙にもかけないかのように、不満も抗議も込められていない、平常通りにそう問いかけた。
「首相から止める様に言われたのでな。ここまでにしておけ」
「そう言う事なら、仕方ありませんね……しかし、流石は君の弟ですね」
「弟? 昔の話だ。今は違う」
「そうですか――ですが、彼の処理は僕に一任させて貰いますよ」
「好きにしろ」
そう言うと、白夜は掻き消えるかのように姿を消し――賢二は、その場に膝をついた。
「――君にはわかりますか? 光一君……北郷正輝に本当の意味で勝てるのは、大神君だけなのですよ……思想には、思想でなければ勝利ではない。北郷正輝以上の器は、大神君以外にはありえません」
ぼんやりとし始めた光一の耳に、賢二の声が響く。
その声に込められたのは、歓喜――そして、絶望の入り混じった声。
「――力でねじ伏せ、無様だと嘲笑う程度の短気なやり方しか出来ないなら、人は一生北郷正輝に勝つ事は出来ない。変化とは力ではなく、器でやる物なのですからね」




