第121話
眼の前の人物――椎名九十九が、中原大輔と名乗ったその時。
明らかに、雰囲気が完全に別モノへと変貌していた。
椎名九十九が普段醸し出している、人間味をそぎ落とした非情さに冷徹さ、狂信的なまでに強過ぎる意思を湛え、視線で人を射殺さんと言わんばかりの攻撃的な瞳はなりを顰め――
代わりに、年相応の少年らしさを醸し出し、温かみと友好的な人間味のある雰囲気を持った少年がそこに居た。
「――大、輔?」
「ええ……“俺”は中原大輔です」
そして、一人称が“自分”から“俺”への変化。
元々九十九は“暴君”と呼ばれる程、人情など欠片も持ち合わせず、正々堂々と問答無用を地で行く冷血漢。
そんな彼が、演技など出来る訳がない。
――しかし、それはそれで納得……いや、そうであるなら解ける謎も存在する。
正義の系譜“一徹”のブレイカー
通常、系譜のブレイカーは、特定の感情を条件に起動する事で、量産型とは比較にならない出力を発揮するが、その分起動は難しくなる。
更に言えば、契約条件もただそれでいいと言う訳でもない。
系譜格の場合、どのブレイカーの系譜かにも大きく左右する。
故に“一徹”だろうと、それが正義に根差した物ではない場合、良くても通常時以下の出力となり、悪くて起動が出来なくなる。
故に、中原大輔が椎名九十九へと変貌しても尚、同じ“一徹”を使用し、増してや上級系譜にのし上がる事等まず出来ない。
中原大輔の椎名九十九への変貌が、憎悪による物だとしたら説明がつかない要素――それが、井上首相の眼の前で起こったことで解ける。
「……多重人格なんて、私も初めて見たわ」
中原大輔の中に、狂気的な思想を持つ椎名九十九と言う人格が存在し、それが表に出て今に至るとしたら――ブレイカーに関しては、説明がつく。
しかし……
「――色々と聞きたい事があるのだけど、良い?」
「……九十九の事なら、その存在に気付いたのはサイボーグテロが起きたその時です。今の様になったのは、その事の真相を知ったその時に」
「――では、君が行方不明になったのは」
「……九十九が“思念武装”を作り上げるための準備期間です。あいつは元々、俺のやり方にも能力にも温いと文句つけてましたから」
どうやら、人格間でのやり取りは可能らしい――が、穏便ではない事には、特に疑問は抱けなかった。
「俺は人格の主導権を失ってから、ずっと意識の底で眠ってました。眼が覚めたのは、勇気の上級系譜達との交戦で、九十九が致命傷を受けたその時で――ついでに言えば、ヘルオンアースに収監される前に貴方と話をしたのは、九十九ではなく俺の方です」
「――眼がさめてなお、この世界の在り方は君を失望させたの?」
「――理由さえあれば、人が人を人であると忘れる事の、どこが歪ではないと言うのです? ……誰かを恨んで、人の所為にして、自分に嘘をついて、見て見ぬフリをして生きるなんて、俺には出来る訳が……」
「――などと戯言ばかりをほざくから、大輔のバカになど任せられないのです」
急に声のトーンが変わり、中原大輔から椎名九十九へと人格変異したらしく、雰囲気が先ほどとは全く別の物へと変貌した。
吐き捨てる様に、自身のもう1つの人格を舌打ちしながら貶す。
「人は人を恨む物――だから遺恨が残り、不満が生まれる。故に悪を滅ぼさずして、正義の勝利はない……欲望を持った迷惑な存在、それ即ち悪」




