第119話
「――まあいいでしょう」
「アンタ、本当に動じないな?」
「“人は常に試されている”――ですよ」
傲慢の上級系譜“野心”の契約者、岩崎賢二は揺るがない。
彼の契約条件である“野心”は、いかなる現実を前にしても潰えることはない
――それは根性論でも過信でもなく、ただ1つのシンプルな答え。
“人は常に試されている”
故に彼は、まず理解……そして、肯定も否定もその後からと、推し量る事から始める。
故に、眼の前の変貌した光一に対しても、そのスタンスは崩れない。
「――凶雷獣の様に、身体の炭素を操作はしていない。となれば」
契約者の能力には、確かに変身能力は存在する。
誠実の御影凪の思念獣“四霊”との融合、岩崎賢二の“ウロボロス・ヒュビリス”の様に。
しかしその場合、どうやろうとリスクも負担も大きいのが普通である。
変身能力は、確かに通常以上の力を引き出せる場合が多いが、当然の様に代償が存在する。
例えば、光一の“凶雷獣”。
身体に含まれる全炭素を硬化させ、更にその上を空気中の炭素を操作して甲殻の様に纏い、それに放電を流した状態にする事で成り立つ。
ただ、光一の“元素操作”は精度があまり高くはなく、ケガの手当てならともかく身体を操作する場合は、間違いなく尋常じゃない激痛が生じる為に、特注の痛み止めが必要になると言う制約がある。
そしてもちろん、岩崎の“ウロボロス・ヒュビリス”もまた例外ではないが――ここでは割愛する。
「――ふむっ」
岩崎賢二は分析する。
肌が、炭素効果した場合特有の、漆黒色にくなっている訳ではない。
そして、背の翼――動いている所から見て、恐らく神経も通っているだろう。
「――成程」
契約者は決して万能ではない。
全ての能力を使う事が出来なければ、無から有を生み出す能力等ない。
大神白夜の“異界物質”の様に、必ずどこかから抽出している。
となれば、結論は簡単。
背の翼を構成する筋肉も骨も皮膚も血液も、恐らく光一自身の身体から抽出している。
先ほどまでの経過を省みるに、光一に出来るのは精々傷を塞ぐ事だけ――生体操作に関しては、それだけなのだ。
つまり、今の光一は通常時以上に脆い。
「――となれば、簡単ですね」
賢二は小太刀を抜き、防御の体勢へ。
今の光一は、隙を突けば――突けなかったとしても、長期戦は不可能。
ただ簡単とは言ったが、あの姿が光一にどんな変化を齎しているかがわからない分、決して油断はしてはいない。
『――賢二様、余裕ハ禁物デスヨ?』
光一の手に握られている魔剣カオスがそう警告すると同時に――剣が握られていない、左手の指先を賢二に向ける。
その指先にバヂバヂと派手な音を鳴らしながら電流が集まり、それが収束され――
「――!」
光一が“凶雷獣”とならなければ撃つ事が出来ない筈の、電子レーザーが打ち出された。
咄嗟に賢二は、“龍の顎”を展開し、これを防ぐも――
ザグっ!
光一が飛びかかり、ナイフの刃を思わせる爪を振るい、賢二の腰に5本の爪跡が刻まれる。
「くっ……!」
「おらっ!」
その爪を振り抜いた勢いで、身体を反転させて魔剣カオスを振る抜き――
今度は賢二も、“龍の顎”を展開した小太刀で受け止め、踏みとどまる。
――バヂっ!
「――!」
その次の瞬間、カオスの刀身に電流が走り――それを感知した賢二が、後ろへ飛びのこうとするも……。
「――“黒雷一閃”」
刀身を纏う電流が肥大化し、朝霧裕樹の斬城剣かと言わんばかりの巨大な刃となり、それを光一が踏み込んで振るう。
賢二はよけきれず、受け止めきれず――直撃を受け、ふっ飛ばされて行く。
「……ふぅっ」
剣を降ろし、一息――突く間もなく。
ゴォッ!
賢二の思念獣装“ウロボロス”が、光一めがけて襲いかかった。
「――やはり戦いとは、思い通りにいかない位でなければいけませんね……そうでなければ、面白くも倒し甲斐も、考える余地さえもありませんから!」




