第118話
「――正面から、ですか」
賢二は愛刀“竜頭蛇尾”を背に納め、小太刀のみを手に光一を迎え討つ。
蛇腹大刀“竜頭蛇尾”は、あくまで中距離と大出力攻撃を主体とする武器であり、近接戦闘には向いてない。
故に賢二は、近接戦闘と防御を主体とする武器として、小型で小回りのきく小太刀を扱い、蛇腹大刀による大規模攻撃と小太刀による受け流す防御を両立させた剣技を、独自に作りだした。
小太刀の防御と竜頭蛇尾の攻撃――それが傲慢の上級系譜、岩崎賢二の力。
「愚直ですが――失望させないでくださいよ」
傲慢の上級系譜“野心”の契約者、岩崎賢二。
常に笑顔を絶やさない温和な人柄で、負の契約者としては珍しい紳士的な人物として、知られている。
しかしその人柄に似合わない、平等である事も幸福である事もいつかと言う日も信じず、誰が相手だろうと甘えを一切許さない、現実主義の考えを持つ。
温和な笑み、メガネごしのその瞳から、決して柔らかな物ではない突きさす様な威圧を発しながら――
ガキィッ!
振り下ろされるカオスを、小太刀で受け止めそれを横に弾き――。
どすっ!
「がっ!!?」
光一の腹――白夜に貫かれた個所に、拳を叩き込んだ。
「浅はかな――ただ1度のトランスで尽きる程、僕の“野心”は軟弱ではありません」
「んなこと百も承知だよ!」
それに合わせる様に、左手に構えた改造リボルバーを構え撃ちだすも、それさえも身体を半歩下げた上で、小太刀の切っ先で弾道をそらし回避し――その切っ先を光一に突きだす。
咄嗟に後ろへ飛ぶも、光一の頬にかすり微かに血が流れた。
「くっ……!」
「ふぅっ――弱い」
小太刀を握る腕を降ろし、失望をにじませたため息をつき――そう言い放つ。
光一はギリっと歯ぎしりするほど食いしばり、カオスを構え駆けだす。
賢二は光一の斬撃を、いつも通りに涼しさを醸し出す笑みを浮かべた顔で、まるで機械の様に正確に光一の斬撃を受け止め、回避し、受け流す。
「――意外だな、傲慢が守る戦いを出来るなんて」
「相手を殺す事、叩きのめす事が勝ち――とは限らないのが、人の戦いの筈でしょう? 殺す事、叩き潰す事にしか重点に置かない者には、何かを守る事も何かを育む事も出来ない――だから正義の所業が止められないのですよ」
「殺す事、叩き潰す事しか重点を――まるでどいつもこいつも、殺す事しか頭にないみたいな発言だなそれは」
「実際頭にないでしょう。大体北郷正輝の言う事が間違っているなら、そもそもその間違いでしか秩序を成せない事その物が異常だと、そう気付けない事がおかしな話ですからね――契約者さえいなければ、東城太助さえいなければ、そして北郷正輝さえいなければ、ですか」
受け流す腕を止め、光一の振るうカオスを受け止め鍔ぜり合い。
「――そんな甘ったれた考えで他人を否定するから、欲望などあってはならないという結論を生みだすのでしょう」
「ああ、素晴らしい考えだ――予定を組めば上手くいく、なんて“誠実”ですら不可能だっていうのに……ざけんな。だったら」
「それは妄想だとでも言う気ですか? ――言葉で否定こそしていても、間違う位なら虚ろに生きるべき。そう考えてるのが人……そう言えるだけの物等、当に揃ってる筈ですけどね。“龍の顎”」
小太刀が念動力の膜で覆われ、龍の頭の形を取り――カオスを押し切って、光一の腹に
それも、刺し貫かれた個所にめり込む。
「ぐあがっ!!」
まともに受けた所為か、光一は吹っ飛ばされ壁に激突。
傷は完全に開き、光一の元素操作では追いつかない量の出血が吹き出ている。
「……どうやら君も、変化をもたらす器ではなかったようですね」
そう言って、蛇腹大刀“竜頭蛇尾”を抜き、光一に突きつける。
「その身体では、“凶雷獣”は使えないでしょう? ――せめてもの情けです。苦しまない様にはしますから、大人しく……」
「……カオス」
『ハッ!』
「お前に込められてる怨念、全部俺に注げ」
『ソンナ事ヲシタラ!』
「良いから!」
『ハッ、ハッ!』
魔剣は死霊の怨念を注ぎ込み、人格となす。
そして、怨念とは意思の力――つまり、ブレイカーの力でもある。
「……最後の賭け、と言ったところでしょうか?」
「――死ぬ気はねえ。生きて帰……」
ドクンッ……!
「うっ! ――ぎっ、がぁっ! あぁぁあっ!」
「それはそうでしょう。カオスは古今東西、強い怨念の込められた1000の武器全てのを凝縮し、その剣に注ぎ込んだ現時点において最悪の魔剣――普通なら、触れただけで発狂してもおかしくはありません代物を、そんな身体で」
「ぐあぁぁあああああああああっ、がああああっ!!!!
「っ!?」
光一の身体に変化が訪れたのを見て、賢二は言葉を紡げなくなった。
光一の爪が、まるでナイフの刃を思わせるような形状へと変貌。
そして――
「うっ、ぐああああああぁああっ!!」
背の上部――両肩の根元辺りから、衣服を破り翼が生える。
形状こそ蝙蝠を思わせる羽だが、表面はあくまで人の皮膚――人の骨、人の皮膚、人の血の通った、もし人が翼を持つならば、こういう物になるだろう物が。
それらが、魔剣カオスから醸し出される怨念――それに同調して、人ならざる悪魔の様な風貌溶かしていた。
「ぐっ、はぁっ……はぁっ……」
「――カオス。光一君に何をしたのですか?」
『タダ、注ギ込ンダ怨念ニ身体ヲ適応サセタダケデスヨ。ソウイウ意味デハ、良イ能力ヲオ持チデ助カリマシタ』
「……成程、元素操作ですか」
変貌した個所――手の爪と背の翼からは、変化させた影響か血にまみれていて
そして、血の涙を流す両の目をゆっくり賢二に向け――。
「――ひばりが怒りそうだな」
「……第一声がそれですか?」
「いや、これ凶雷獣よりしんどいんで……」
「……まあ、そういう所がある限り、君は真に人ならざる者にはなれないでしょうけどね」




