閑話 井上首相の傲慢訪問(4)
ヘルオンアース地下。
地上階とは一変し、床から天井まで全て黒で統一され、照明も赤外線ライトを使用している為、暗闇の中を歩いている感覚が付きまとう。
更に、上階では絶え間なく響き渡っていた断末魔はぱったりと途絶え、白から一転し黒となったこの空間において、本物の地獄を連想させる様な恐怖感を煽る。
上が悪夢と悲鳴だとすれば、ここは暗闇と静寂――真の恐怖はここかららしい。
「ここは一体、どういう方針で?」
「ここからは、生温い上階の様な休憩は挟みません。常に刑罰が続く無間地獄とでも言いましょうか」
「常に? ……催眠能力にそんな長期的な強制力はなく、制限もある筈だけれど?」
「別に能力に頼らずとも、VRシステムがあります」
「――つまりここからは、架空の世界において延々と精神的苦痛を与える場、と言う事? 栄養に関する事項は?」
「肉体は冷凍睡眠を施した上で、となります」
そこで首相の顔が怪訝な物に変わり、厳しい視線を白夜に向ける。
「――冷凍睡眠技術が実用化に至っている何て報告、入ってないけれど?」
「今はまだ報告する必要がない――そう判断したまでです」
「それは困るわね。契約者の保有する技術の進捗を把握する事は、政府の義務の1つである事は貴方も……」
「東城太助のサイボーグ義肢と言う事例を踏まえてです――文句があると言うなら、文明の発展だけは求める分際で、他人の頭蓋に脳髄がある事が気に入らない一般人の性根を、叩き直してから改めて承りましょう」
――最も、それが出来れば正義は今の様にならなかったでしょうが。
そう言って歩を進め――棺の様な物が立ち並ぶ大広間へと辿り着いた。
その中には人が保存されており、その周囲を忙しなく幾人もの手術着の様な恰好をした人達が、機会を操作し、データを収集しと、研究所を思わせる雰囲気を漂わせている。
――雰囲気が雰囲気だけに、映画である様な非人道的な研究を思わせる光景だった。
「え? 首相!? あの、白夜様。これは一体……?」
「視察だ。いつも通りに業務を果たせ」
「はっ、はい!」
手術着達の主任と思われる男に2、3指示を白夜が飛ばす間に、首相は棺の様な冷凍睡眠カプセルをのぞきこむ。
一応、保存されている者の表情だけが見れる様にされているその中は、1人の男が普通に眠っている様な――そんな印象だった。
しかし、頭部に着けられているヘッドギア――それとここまで聞いた話を統合すれば、この中に彼の意思は存在していない。
架空の、機械的に作られた世界の中で、想像だにできない苦痛を味わっている。
きっと、このヘルオンアースの実態を知らない者が想像する様な、そんな苦痛を。
「大神君、一つだけ聞かせて貰っても良い?」
「機密にかかわる事でなければ、何なりと」
「肉体に傷がつかなければ、それでいい。ここはそういう場所なの?」
「いいえ。ここは“苦痛を教える場所”です――人を傷つけていいのは、傷つく事を覚悟した人間だけ。それにこの程度の苦痛を耐えられない様な者に、傲慢の系譜格を名乗る資格等ない。それに……」
――私が認めるのは勝負に勝てる者であり、勝つべくして勝つ者ではありません。
「勝負を知らん者に、窮地の打開は出来ない。勝つ事しか知らん者に、現実を見る事は出来ない――いざという時に使えん力等、ただのゴミでしょう」
「勝つべくして勝つ――傲慢な意見ね」
「無知な傲慢など、ただのバカでしょう。甘い汁だけを啜れば虫歯になる、肉ばかり喰らえば太り身体を壊す――そんな事も理解出来ん頭で、今の正義を否定する等我儘以外の何物でもない。だから私は正義に対し、干渉する事は出来ない……間違っています?」
「――いいえ」
それは政府にとっても同じ。
出来ないことを嘆く暇があったら、出来る事をやるしかない。
悲劇を止められないなら、犠牲を最小限にとどめるしかない。
「それとも、迷惑だと切り捨てますか?」
「まさか……他人を責めてどうにかなるなら、一条君と北郷君が決闘に発展するその前に、正義の方針を支援してるわ。私が人でなくなるとすれば、それは決断に痛みを感じなくなる事――北郷君もまだ痛みを感じる事が出来てるなら、決して変われない訳じゃない」
「一般人は?」
「……そこはまだ、考えなければならないことね。それで、九十九君はどこ?」
「ここではなく、あのエレベーターを降りたその先です」
「では行きましょう」




