閑話 井上首相の傲慢訪問(3)
契約者専用監獄兼懲罰房ヘルオンアース
“生き地獄”と名付けられたその監獄の内部を、知る者は少ない。
その内容を公開はされていないし、入った物はここでの出来事を語ろうともしない。
しかし、その内部に入った者の誰もが抱く第一印象――それは。
「……とても監獄とは思えないほど清潔ね」
内部事情を口外しない事を条件とし、白夜の案内で赴いた首相の一言が露わしていた。
彼等が通っている監獄内の廊下は、白一色に統一された殺風景で、床にはワックスまでかけられている等手入れが行き届いており、どこかのオフィスの様な印象を持つ。
それに囚人たちも、繋がれているのは格子のはまった牢屋ではなく、簡素なベッドが1つ、そして個室トイレがあるだけで、白一色に統一された清潔な窓1つない部屋。
ここが監獄である事を証明しているのは――
『うっ、うあああああああああっ!!』
『やめろ! やめてくれええええっ! 母さん! 母さんがあああああっ!!』
『カナ! 行かないでくれ、父さんを置いていかないでくれえええええっ!!』
『やめてえっ! 姉さん! 姉さああああああああああああああああんっ!!』
聞こえてくる断末魔に他ならないだろう。
「……一体ここで何を行っているの?」
「悪夢ですよ」
「悪夢?」
「傘下に、夢を操る催眠能力者と、それを研究する研究者の兄弟がいまして」
「……それに興味を持ち、ここを造り与えた、とでもいうの?」
「いえ、彼らと出会い興味を持ったのは、ほんのきっかけ――最大の苦痛とは肉体ではなく、精神に現れる物と気付くまでの」
――道理で、と首相は思った。
人には必ずと言っていいほど、自身にとって思い返したくない悲劇がある。
増して、第三次世界大戦終結から契約者社会において、悲劇など腐るほど存在する現状。
断末魔の内容には、とても良い年した声で叫ぶべきではない内容もあるのも、無理からぬ話であると思った。
『…………』
絶叫が鳴り止み、ぞろぞろと個室から出てきた囚人たちは、全員がうつろな表情。
そして全員が指定された区域へと、砂漠でオアシスを--渇きを潤す物を求めるかのように、駆けだした。
「今度は何?」
「現実に触れられる物を求めているのですよ。ここには本や新聞にテレビ等、現実に触れられる物を保管した設備を備えてありますので」
「……刑務所らしからぬ清潔感は、そう言う事なの」
「現実感を与えないよう、不規則なサイクルで行ってます。故に、発狂する者が出ない様に配慮したまで――それでは“罰”ではなくなってしまう」
「成程、その区別の為と言う訳ね」
内装は決して、現実を感じさせる様な物に見えない。
白一色で、清潔に保たれた室内、廊下、天井――悪夢の目覚めを実感させる物など、ここには何もない。
囚人たちが立ち去っていくと同時に、時間の設定をされていただろう清掃ロボットが姿を現し、清掃し始める。
「……それで、九十九君は?」
「この最下層に収容されてます。ここは最上層、犯罪契約者の――一般的な犯罪者の収容区ですので」
「……成程」
契約者は、己が欲望、あるいは理性を契約条件とし、ブレイカーの機能を発揮する。
つまり契約者の力は意思の力――精神的な力が強ければ強い程、欲望だろうと理性だろうと、その意義を発揮する。
その精神に攻撃を加えると言うのだから、系譜格以上が収監されるとなると、そう簡単にはいかないだろう。
それに下級系譜格となると、もっともレベル内の力量差のバラつきが大きい段階であり、そう言う意味では、ここ以上の地獄もまた存在していてもおかしくはない。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!』
「……!? 今度は何!?」
「ああっ、お気になさらないでください。現実を強く実感したいあまり、自身をリンチさせている者が居るのですよ」
「……精神的な苦痛を強いる刑務所らしからぬ、ボロボロの傷跡を残して出てくる囚人が居るのは、そう言う事なのね」




