第111話
「……なかなか、しぶといですね」
「まあ、勇者の左右の腕であり、俺達と同じ上級系譜だ。それ位やって貰わねば、俺達としても退屈しのぎにもならん」
「……くっそ、もう3日だ。憤怒の方、どうなってるかな?」
「わからない……ただ、まだ交戦中だとは思うけど」
――綾香と鷹久は、未だに2人を切り抜けられずにいた。
退く分には追いかけはしない者の、進路を変えても探知され追いつかれる。
「ダメですよ、君達の選択肢は1つです」
「俺達を倒す事――それ以外で、通す訳にはいかん」
「何が目的かもわからない事に、何故そこまで?」
「わからなくていいんですよ。彼がやる事に間違いはない」
「――あるとしたら、それは敗北したその時に出来る物だ」
絶対の信頼――そうとれる発言ではあった。
しかし鷹久も綾香も、どうにも違和感を感じた。
――それが、自分達が考えている信頼とは、あまりにもかけ離れた全くの別物
2人の眼を見る限りでは、そうとしか思えなかった
「気付きましたか? ええ、僕に――いえ、僕達に信頼はありません。僕達が信じるのは己の力だけであり、その力が及ばないからこそ僕達は彼に従っている」
「――随分と細い絆だな」
「太ければいい、と言う物でもないでしょう。なまじ太いと勘違いしているから、些細な事で裏切られたと錯覚し、その程度で何をやっても良いなんて錯覚する」
綾香にとって、賢二のいい分は納得できない――と言うより、許せない部分があった。
それに気付いてか、苦笑して――
「別にそれが悪い事、とまでは言いませんけどね――何を信じ、何を目指すのかなんて人の勝手の筈ですから」
「――随分と器の大きい事で」
「中身のない傲慢で、上級系譜は務まりませんよ――君達には君達の鉄の掟がある様に、僕達には僕達の掟がある事位理解はしなくては」
「――そんな欲望が憎いんですか?」
――時はさかのぼり、傲慢の保有する契約者専用刑務所兼懲罰房“ヘルオンアース”。
悲鳴、うめき声、嗚咽……あまりにも聞き心地の悪い叫びをBGMに、岩崎賢二は壁に磔にされている椎名九十九に問いかけていた。
「……?」
「何故――とでも思ってるでしょうが、ただ単純な興味ですよ。東城太助を陥れた者達は、未だに生きていますから」
「――悪とは憎む物ではなく殺す物、それだけだ」
それだけ言うと、賢二から意識を外した。
「――あくまで君は、正義の為にしか動かないと?」
九十九は答えない。
「まあいいですけどね。君が何を信じようと、何をしようと――」
「――何を信じようと、何をしようと? ……ふざけるな。やってはならない事がわかるなら、法律など存在しない。罪悪感があるのなら、正義等存在しない。許す事が出来るなら、裁判などいらん」
――賢二の言葉に九十九が顔をあげ、睨みつけていた。
「――思い上がりも大概にしろ。いつから人は、自分から善になれる程高尚な存在になった?」
「……君は平和を、強いる物。善とは欲望を持たない者、と考えてるのですね?」
「――強いる物でなければ、嫌悪する物でしかない――覚えておけ。貴様もいずれ叩き潰してくれる……欲望を持った悪は、存在してはならんのだ」
「お好きにどうぞ――まあ黙って死ぬ気はないけど、君を恨む様な事も君の考えを否定する事もしません。どう思おうと勝手ですし、その事で考える事はあっても否定はしません」
「――徳を欠いた欲で成長できる、等と言う事はありませんからね。さてと、おしゃべりはここまでに……」
バキッ! バリバリバリ……!
「……なりましたか」
突如何かが割れるような音と共に、破り取られる様な音が響き渡る。
その音源となる、空間の裂け目と破り取られた空間を手に――。
「――戻るぞ」
素肌に直接上着を羽織ったその下に、右わき腹から左肩までの刀傷。
それを抑えながら姿を現し、そう告げると――
「――やれやれ、久々に楽しめたのですがね」
「――同感だ」
2人は言葉に従い戦闘態勢を解いて、その空間の裂け目へと入り――去って行った。
「――ユウさん、やったのかな?」
「やったに決まってるだろタカ! だって見ただろ!? あの傷跡」
「僕だって信じてない訳じゃないさ。だけど――すぐユウさんの所へ行こう!」




